第210話 新技、使います

 レストの得意技として、複数の魔法を組み合わせて使用する複合魔法があった。

 特によく使用するのが、【火球】を増幅させて圧縮することにより、威力を強化する攻撃である。

 新技……【炎産神カグツチ】はその応用による魔法だった。


「【閃光】!」


「「「「「GYAO!」」」」」


 エルダー・ワームの眼前で強烈な光を放ち、視界を奪ってその場を離れる。

 もちろん、逃げたわけではない。魔法発動のための準備をするためだった。


「【火球】」


 エルダー・ワームから十分な距離をとり、レストは魔法を発動させた。

 手のひらの上に火の玉が出現する。

 見慣れた魔法。目をつぶってでもできる最下級の魔法である。


「【増幅】【圧縮】」


 そして……その火の玉に重ねて魔法をかける。

 炎の勢いが増すが、体積は増えることなく圧縮されて火力のみが強化された。


「いつもだったら、このまま魔法を撃つところだ……これだけでも、並の魔物なら余裕で倒せるだろうな」


 だが……目の前のエルダー・ワームには通用しないだろう。火力がまるで足りない。


「ならば、どうするか……簡単なことだよな。火力が足りないのなら薪をくべれば良い」


 つまり……手のひらの上に浮かんでいる火の玉を成長させる。エルダー・ワームを焼きつくせるくらいまで。


「【増幅】」


 火を強めるための魔法を重ねがけ。

 炎が勢いを増し、さらに燃えさかっていく。

 威力は間違いなく強くなったが……途端に火の玉が揺らぎ出す。

 理論上、増幅の魔法を重ねがけし続ければ、魔法の威力は無限に増大していくことになる。


(ただし……それはあくまでも理論上の話だ)


 強化された魔法は威力が増す代わりに、安定さを失うことになる。

 不安定になった魔法は霧散するか、暴発するかのどちらかだ。


(だけど、今の俺にはこの魔法がある……)


「結界」


 空中に光の線が走って、幾何学的模様を描いていく。

 火の玉の周囲を立体の魔法陣が包み込み、炎が安定を取り戻す。

 これが新しい手段。新しいやり方。

 結界術を応用させることにより、レストの魔法はさらに幅を広げていた。


「【増幅】【圧縮】【増幅】【圧縮】【増幅】」


 結界に包まれた炎がどんどん熱量を増していく。

 圧縮の魔法を重ねていることで体積に変化はないのだが、熱量はどんどん増している。

 まるで炉の中で大量の石炭を燃やしているかのように。


「結界の中に魔法を閉じこめて安定化。そして、どんどん魔法を重ね掛けして威力を強化していく……わりと単純な発想だと思うんだけど、誰も思い浮かばなかったのか?」


 レストが不思議そうに言いながら、どんどん炎を育てていく。


 単純な発想。

 レストはそう称したのだが……そんなことはない。

 むしろ、それは天地がひっくり返るようなコペルニクス的転回だった。

 そもそも、結界で魔法だけを包むなどという考えにならない。

 万一、思いついたとしても……実践はほぼ不可能だ。

 強固な結界の構築にはそれだけ魔力が消費してしまう。魔法をどんどん強化させることも考えると……上級魔法を何十発も撃てるような魔力量が必要だ。

 無限の魔力を持っているレストでなければ不可能である。


「【増幅】【圧縮】【増幅】【圧縮】【増幅】」


 さらにいえば、普通の魔法使いは結界術を発動させたまま、片手間で別の魔法を使うことなどできない。

 賢者級の魔法使いでも、レストほど器用な人間がどれだけいるだろう。


「【増幅】【圧縮】【増幅】【圧縮】【増幅】……よし、こんなものかな」


 十分に火力は育った。

 結界の中で燃えさかっている炎……まるで小さな太陽のようだ。

 この炎であれば十分にエルダー・ワームに通用する。それが確信できた。


「問題は……これの威力が自分でもよくわからないことだよな。もしかしたら、俺まで吹き飛ぶかも……」


「「「「「「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」」」」」」


「あ、気づかれたか……」


 エルダー・ワームがレストの居場所に気がついた。

 巨大な身体をくねらせて、再び食らいつこうと迫ってくる。

 結界術に強化された炎、この状態で先ほどのように飛び回って逃げるのは不可能だ。


「ああ、もう考えている時間もないな! いいや、撃つね!」


 レストは結界に包み込んだ火の玉をワームの口の中に投げ込んだ。


「【炎産神カグツチ】!」


 すでにその魔法の名前は決めてある。

 エルダー・ワームの体内で結界が解除され、封じられていた炎が解放された。

 巨大な爆炎が湿地帯の中心で弾けた。

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