第209話 ワームの親玉と戦います

「デカいな……まるで、ミドカルズオルムだ……!」


 北欧神話の世界を取り巻く大蛇を思い浮かべつつ、レストが恐怖と好奇心に顔を引きつらせる。


「「「「「「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」」」」」」


 ビリビリと大気が震える。

 咆哮がこだまして、何重にもなって聞こえてくる。

 これまでの敵とは明らかに違う……魔獣サブノックよりもさらに大きい。


「これが親のワームか……ドラゴンの中では弱い方だと聞いていたが、これが本当に弱いのか?」


 ワームというのは元々は空を飛んでいたが、他のドラゴンとの争いに敗れて、地に潜った者達の子孫といわれている。

 つまり、ドラゴンの中では弱い個体なのだが……天敵のいない環境。おまけに魔境の魔力を吸い込んだことにより、そのワームは本来の姿よりも巨大化していた。

 怪獣物のSF映画の登場人物はこういう気持ちだったのかと、レストは他人事のように思った。


「きっと、何百年……いや、もしかすると何千年も生きているんだろうな。途方もないほどの年月を経て、ここまで大きくなったに違いない……!」


 目の前の怪物をただのワームと一緒にするのは失礼だ。

 名付けるのなら……『エルダー・ワーム』というところだろうか?


「「「「「「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」」」」」」


「あまり大声を出すなよ。耳に響くじゃないか」


 エルダー・ワームが食らいついてくる。

 大型トラックでも丸呑みにできそうな巨大な口を、レストは空中で移動して回避した。


「【星喰】」


 暗黒星を叩き込んで身体を削ってやるが……この巨体の前には蟷螂の斧。大したダメージは与えられなかった。


「「「「「「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」」」」」」


「デジャブだな。サブノックと戦ったときにも、こんなことがあったか?」


 どうして、これほどの魔物がこれまで誰にも存在を悟られることもなく、身を潜めることができていたのか。

 疑問に思うレストであったが……偶然の結果だろう。

 たまたま、湿地帯を住処としていたこと、たまたま、魔獣サブノックがいて人が近寄らなかったこと。

 サブノックと争いにならなかったのも、お互いの棲む環境が違っていたために棲み分けができていたのだ。


「【火砲】、【火砲】、【火砲】」


 レストは距離をとりつつ、炎の魔法によって攻撃する。

 火属性の魔法がワームにとって有効なのは、昼間の狩りによって確認済みである。

 それなりに効けば御の字だと思いながら魔法を撃つが……結果は想像通り。炎の攻撃はエルダー・ワームの表面をわずかに焼いただけだった。


「デカいし、それに堅いな……生半可な攻撃は通用しそうもない」


「「「「「「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」」」」」」


「それに攻撃の規模もデカい……一人で来て正解だったかもな」


 巨大な口を間一髪で回避して、レストは苦々しく笑う。


 女性陣の手料理によってハイになっていたレストであったが、この状況になるとさすがに冷静さが戻ってくる。

 こんな場所に一人で来るなんてと後悔する反面、ユーリ達がここにいなくて良かったとも思う。


「俺だけならまだしも、みんながいたら避けきれなかったな……助かったよ。本当に」


 レストは風を操り、縦横無尽に動き回ってエルダー・ワームをやり過ごす。

 巨大なだけあって、エルダー・ワームの動きはさほど機敏とはいえない。

 空を飛べるレストであれば、そこまで回避に苦労はしない。


「とはいえ……逃げているだけじゃ、埒があかないな」


 逃げているだけでは勝てない。

 有効打となる魔法をぶつけて、敵の命を削りきらなくては。

 一度、退いて仕切り直すという手もなくはないが……もしもエルダー・ワームが湿地帯の外まで追いかけてきたら、とんでもない被害である。

 かつてローデルがやった失敗をそこまで再現するわけにはいかなかった。


(ここで倒すしかない……だが、【星喰】ではどれだけ時間がかかるかわからない。俺の魔法で最大火力なのは【天照】なんだけど……)


「……夜だな」


 そう、夜である。

 太陽光を集めて撃ち放つ【天照】は使えない。

 月や星の光を集めて撃てなくはないのだが……威力はお粗末なものになるに決まっている。

 チャレンジするまでもなく、エルダー・ワームを倒しきることはできないだろう。


「みんなを置いて一人で来たのは正解。しかし、真夜中に来たのは失敗……人生ってのは上手くいかないものだな」


 昼間にここに来ようとしていれば、ユーリ達もついてこようとするだろう。ままならないものである。


「「「「「「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」」」」」」


「となると……ぶっつけ本番ではあるが、新しい必殺技を試してみるか」


【星喰】や【天照】が癖のある魔法で、使いづらい部分があることはわかっていた。

 だからこそ、レストは他の新魔法の開発に励んでいたのだ。

 まだ実戦投入はしたことがないが……すでに頭の中でイメージはできている。


「正直、失敗したら俺も死にかねないが……試してみるか」


 レストは苦笑した。

 負けたら死ぬ……危機的状況にありながらも高揚してくるのは、果たしてワームの肉が原因なのだろうか。

 二度目の人生。何度目になるかわからない命の危機の中で、レストはつぶやく。


「使うか……【炎産神カグツチ】」


 レストはいつになく闘争的な笑みを浮かべて、以前から考えていた新魔法を使うことを決めた。

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