第211話 完全にやり過ぎました

 炎に巻かれながら、レストが絶叫した。


「ウオオオオオオオオオオオッ!」


 エルダー・ワームの体内から生じた巨大な爆発。

 湿地帯を真っ赤に染め上げて、赤い灼熱の炎が視界を覆い尽くす。

 レストは防御のための結界術で全身をカバーして、全力で爆炎を防御する。


(ヤバいヤバいヤバイ! 火力が強すぎたっ!)


 予想以上の火力により、レストは本気で焦った。

 身体をコーティングした結界にガンガン魔力が吸い上げられていく。

 絶えず大量の魔力を供給しなければ、結界が破壊されてレストの身体は一瞬で炭になっていたことだろう。

 エルダー・ワームの内側から生じた爆炎は辺り一面を呑み込んでいたが……やがて、消えた。


「…………」


 数秒か、数十秒か……時間の感覚まで吹っ飛んでしまったが、どうにか耐えきったようである。

 レストは気がつけば、結界に包まれたまま湿地帯を転がっていた。


「うっわ……」


 否、そこはもはや湿地帯とはいえまい。

 泥の地面は炎によってすっかり水分が蒸発して、辺り一面が乾燥した大地になっていたのだ。


「アイツは……ワームはどこだ?」


 レストは自分が引き起こした惨状に顔を引きつらせながら、再び魔法で宙に浮かび上がる。

 空から地面を見下ろしてエルダー・ワームを探すが……すぐにそれは見つかった。

 エルダー・ワームはいた。物言わぬ骸となって。

 山のような巨体の半分が消し飛んでおり、もう半分が不気味な肉塊となって乾いた地面に埋もれている。

 いかにワームという種族の生命力が強くても、ここから動くことはないだろう。


「…………」


 勝った。勝利した。

 それなのに……レストの胸に浮かんでくるのは、どこか虚しい気持である。


(何というか……やり過ぎたよな……本当に)


 冷静になってみると、どうして自分はあそこまでハイになっていたのだろう。

 いかに精力の付く食べ物でおかしくなっていたとはいえ、これはやり過ぎではないか。

 もしも相手が魔物ではなく人間だったらと思うと、ゾッとしてしまう。

 今の一撃を叩きこんだのであれば……小さな町であれば跡形もなく消し飛ばすことができるはず。


「もしかして……いや、もしかしなくても、俺はとんでもない魔法を生み出してしまったんじゃないか……?」


 もしもこの魔法が世に出たのであれば……人間同士の争いで使われるようになれば、戦争という概念が変わってしまう。

 銃という武器が戦場を変えたように、核兵器が国際社会の在り方を変えたように……この魔法によって、数えきれない血が流れるかもしれない。


「ヤバイ……これは不味い。何がどうかはわからないが……とにかく、不味いぞ……」


「何が不味いのだ?」


「何がって……」


 自然と声をかけられて、思わず答えそうになる。

 しかし……すぐに異変に気がついて、レストは弾かれたように背後を振り返った。


「何が不味いのかと聞いている、少年」


 そこには、一人の男性が立っていた。

 レストがそうであるように飛行魔法を使用して、空中に浮かんでいる。


「誰だ……!」


 レストは警戒して、身構える。

 空を飛ぶ魔法自体は高度であるが、使うことができる人間が少なからずいた。

 だが……恐れるべきなのは、話しかけられるまでその人物の存在に気がつかなかったことである。


(この男は魔法を使用している……それなのに、どうして気がつかなかった……!)


 レストは常に【気配察知】の魔法を使用している。

 これは生き物の魔力を感知する魔法だ。

 人間であれ動物であれ魔物であれ、生き物はみんな魔力を持っているので、存在を感知することができるはず。

 例外があるとすれば、何らかの方法で魔力を隠している場合である。


(だが……不可能なはずだ。魔法を使用しながら、魔力を隠すだなんて……そんなことができるというのか?)


 例えば、魔力を隠ぺいして物陰に隠れることならば可能だろう。レストだって、やろうと思えばやってみせる。

 だが……魔法を使用しながら、魔力が感知されないように隠すだなんて無理だ。

 レストにもできないし、宮廷魔術師の長官であるアルバート・ローズマリーにだって不可能なはず。


(例えば、結界術で魔力を消して……いや、魔力が消えている状態で飛んでいられるのか? 感知系統の魔法だけを打ち消す魔法とか……?)


「誰だ……か。それは私が問いたいところなのだがな」


 レストの警戒の視線を受けながら、男が口を開く。

 灰色のローブを着ており、白髪を長く伸ばした男性である。

 若者と言われたらそう見えるが、それなりの年といえばそうも見えた。外見から年齢が読み取れない人物である。


「我が名はレオナルド・ガスコイン。賢人議会が長である」


「賢人議会、だって……!?」


 男の回答に、レストは大きく目を見開いた。

 レストの驚きの視線を受けながら、男が淡々とした口調で聞き返す。


「今度はそちらが名乗る番だ……君はどちら側だ、転生者の少年よ」


「…………!」


 男……レオナルド・ガスコインの言葉に、レストは先ほどとは違う理由で目を丸くしたのであった。

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