第212話 身勝手な男と話しました

「転生者……」


「違うのかね?」


「……どうして、わかった?」


 目の前の人物は……レオナルド・ガスコインはレストが転生者であると確信しているようだった。

 余計な誤魔化しは無意味だろう。


(それに……レオナルド・ガスコインって、賢人議会の議長を勤めている男じゃ……)


 自分でもそう名乗っていたが……レオナルド・ガスコイン。またの名を『天帝』。

 レストが一応は在籍している学園の長……ヴェルロイド・ハーンと同じく賢人議会に所属している人物。

 世界最高の魔術師と称される男だった。


(まさか……本人なのか? 随分と若く見えるけど……)


 目の前の人物の年齢はわからない。

 若者といわれたらそう見えるが、五十過ぎの壮年といわれたらそんな気もしてくる。

 だが……本物のレオナルド・ガスコインであったら、少なくとも七十歳は過ぎている年齢のはず。


(魔法が存在する世界なんだし、外見を取り繕うことくらい難しくないのか? 実際、賢人議会には百歳越えもいるはずだ……)


「そうか、やはり転生者か……この凄まじい破壊痕も貴様の仕業か」


 ガスコインが【炎産神】によって付けられた爆発の痕跡を見下ろした。

 核ミサイルが撃ち込まれたといわれても納得できるような湿地帯の残骸を見回し、溜息を吐く。


「これだけの破壊……よほどの力であろう。『インドラの矢』、あるいは『スルトの剣』。『オーディンの槍』と『ケツァルコアトルの牙』はすでに存在しているのであり得ないか……」


 ガスコインが顎を撫でながら、ブツブツと独り言を口にする。


「さて……これはどうしたものか。どちらの側かにもよるが……いっそ、ここで殺してしまうか?」


「…………!」


 ガスコインの言葉に、レストが身構えた。

 目の前の男が何を言っているのかは知らないが……敵であるのならば、戦うしかなかった。


「ん? その魔力……これほどの破壊を行っていて、まだそんな力が……もしかして、貴様が持っている力は『ウロボロスの円環』か?」


「……何の話だ」


「使い勝手の悪い能力。宝の持ち腐れになりがちな無限の魔力を使いこなしているのか? そうだとすれば……ここで殺すのは少し、惜しいか……?」


 警戒するレストの前で、ガスコインはなおも考え込んでいる。

 いっそのこと、こちらから攻撃してしまった方が良いのだろうか……そんなふうにレストが悩んでいると、ガスコインが「よし」と頷いた。


「少年、貴様の処分については保留ということにしておく。見たところ、この世界に転生してきてから二十年も経っていないのだろう……まだ結論を出す段階ではあるまい」


「だから、さっきから何の話を……」


「ああ、そうだとも。まだ早い。熟した果実が地に堕ちるか、それとも鳥のエサになるか、あるいは別の形で結実するか……その答えを出す段階ではない」


 ガスコインがレストの困惑を無視して、溜息交じりに周囲を見回した。

 そして……パッと姿を消した。


「なっ……!」


「宣言しよう……この魔法を人間に対して撃つことを禁ずる。もしもそれを破ったのであれば、私は貴様を人界の敵とみなして全力で排除する」


「ッ……!?」


 その言葉は背後から、耳元に向けて囁かれた。

 慌てて振り返ると、一瞬だけガスコインの姿が見えて……すぐに消える。


「約束したぞ、少年。堕ちたる果実になってくれるなよ」


 再び、前方にガスコインが出現する。

 転移魔法を使ったのだろうが……まったく、魔法の発動を感じ取ることができなかった。

 目の前にいる男からはいまだに、何の力も感じ取ることができない。

 まるで幽霊とでも話しているかのようである。


「まさか、お前もてんせい……」


「では、さらばだ」


 一方的に言い捨てて、ガスコインが消えてしまった。

 今度こそ、この場から完全にいなくなる。


「何なんだ……あの男は……」


 あまりにも身勝手で、あまりにも謎の多い邂逅である。

 レストはわけもわからないまま、呆然と天を仰いだのであった。

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