第213話 レストが知らない世界の裏側

 そこはとある国。とある場所に建設された白亜の城。

 特殊な結界が施されており、許可された者を除いて、訪れることはおろか視認することもできない。

 その場所こそが賢人議会の本部。

 妖精の王がいます地の名を取って、『アヴァロン城』と呼ばれている城である。


「…………」


 そんな城の中に、その男は現れた。

 厳めしい顔つきで虚空から現れたのは、賢人議会の議長である人物。

 現代最高の魔術師……レオナルド・ガスコインである。


「おや、お出かけだったのですか?」


 どこからか転移してきたガスコインの姿に、老年の男性が声をかけた。

 白い髪、白いヒゲの老人であり、『狩衣』と呼ばれる東国の民族衣装に身を包んでいる。


「珍しいですな。貴方様が一人でお出かけになるだなんて。何か用事でもありましたかな?」


「カネヒラ……」


 ガスコインが老人の名前を呼んだ。

 その老人の名前はカネヒラ・イチジョー。

 極東出身の魔術師であり、賢人議会の古参メンバーだった。


「新しい転生者を見つけた……おそらくではあるが、『ウロボロスの輪』を持っている」


「おや、そうですか……『ウロボロス』ですか。それはまた、扱いづらい能力を与えられたものですね」


 カネヒラが同情したような顔でヒゲをいじる。


「確か、先代は魔力を暴発させて死んだんでしたね……その前の所有者は魔導兵器の動力にされていて、ヌアダ殿が引導を渡したんでしたな。無限の魔力……人の意思では扱い切れぬ力など、無い方が良いでしょうに」


「あの威力の魔法……奴は、否、奴こそが『ウロボロス』を持つに足る申し子なのやもしれぬ。どんな力も持ち主次第……まさか、数百年ぶりに巡り合ったというのか?」


「ガスコイン殿?」


「ああ、そうだとも……もしも奴が道を踏み外して、魔導に陥るようであれば始末せねばならぬ。それが人界の守護者たるこの身の宿命。我がこの世に生まれ落ちし意味なのだから……」


「…………」


 ブツブツと独り言を口にしているガスコインに、カネヒラが額のシワを濃くさせる。


「……またですか」


「やらねばならぬ……ああ、そうだとも……」


「まったく……ガスコイン殿。ガスコイン殿!」


「ぬおっ!」


 カネヒラがガスコインの耳元で、大声で呼びかけた。

 すると、ガスコインがビクリと肩を跳ねさせて、ようやく反応する。


「お、驚いた……どうした、カネヒラ?」


「どうしたはこちらですよ! 耳が遠いのですから、集音の魔法は絶やさないようにしてください!」


「ああ……そうだったな。うっかりしていた」


 ガスコインが魔法を発動させると、耳元に淡い光が宿る。


「これで問題ない。ちゃんと聞こえているぞ」


「まったく……もう若くないのですからな。ガスコイン殿は」


 カネヒラが呆れた様子で肩を落とした。

 カネヒラは百年以上、賢人議会に在籍している古の魔術師だが……ガスコインはさらに年上である。

 だいぶ肉体が経年劣化しているのか、最近では耳が遠くてこちらの話を聞き流していた。


「ウム……そろそろ、身体を変えねばならぬか」


「代替わりなさるのですか?」


「ウム……どうにも、最近は国際情勢が怪しいからな。本格的な戦いが始まる前に肉体を更新しておいた方が良いかもしれぬ」


 ガスコインが年齢の読めない顔を掌で撫でつつ、思案する。


「ガイゼル帝国では後継争いが起こっているし、アイウッド王国でも内乱が生じた。東のシンドゥーでも若き王子が父王を殺害して、王位簒奪をしたそうだ」


「我が故郷……アシハラでも良からぬ動きがありますからな。偶然であれば良いですが、あるいは彼らが暗躍しているのかもしれませんな」


 ガスコインとカネヒラが顔を見合わせて、難しい表情になる。


 賢人議会には宿敵がいた。

 世を乱し、人間の世界を終わりを願っている者達と、気の遠くなる時間を戦い続けているのだ。


「連中も懲りぬことだ……もしも、あの少年が奴らに与するようならば……」


「忙しくなりそうですなあ。老骨には厳しいことです」


 世界の裏側で、賢人たちは人知らずに苦悩する。


 世界の真実。蠢く深淵。

 そこで起こっている何かに、若く未熟なレストはいまだ気がついていなかったのである。

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