第112話 魔境の主はやっぱり強い

 サブノックの背中に攻撃を叩きこみ、硬い体毛に弾き落とされるようにして地面に着地する。


「浅いか……!」


【超加速】によってサブノックに追いついたレストは、背中に飛び乗って【星喰】を叩きつけた。

 全てを呑み込んで消滅させることができる暗黒星であったが……残念ながら、サブノックの巨体に対しては致命打にはならなかった。

 サブノックは背中から血を流しているものの、倒れることなく目の前に立っている。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」


 それでも、痛みはあったらしい。

 サブノックが足を止めて、レストの方を向いてきた。

 不気味に歪んだ複眼がレストを見下ろし、怒りと殺意をぶつけてくる。


「ようやく、こっちを見てくれたな……!」


 レストは緊張から固唾を飲むが……精一杯の虚勢を張って、サブノックを睨み返した。

 こうして目を合わせて改めて思うが……とんでもない怪物である。

 大きさもさることながら、内包している魔力量がとんでもない。

 無限の魔力が湧き出る泉を持ったレストでさえ、これほどの魔力を一度に体内に留めておくことは不可能である。


(だからこその魔境の主……建国以来、一度として討伐できなかっただけのことはある)


 レストは背中に流れる汗を感じながら、目の前の敵を打倒する方法を思案した。

 レストが所有している手札でもっとも強力なのは、全てを喰らう暗黒星……【星喰】である。

 しかし、先ほどの攻撃でわかったことだが……いかに【星喰】といえど、一撃二撃を浴びせたくらいではサブノックの命には刺さらないようである。


(さすがに脳や心臓にぶつければ話は別だろうが……難しいな)


 今しがたの攻撃も、本当は頭に暗黒星を叩きつけるつもりだったのだ。

 しかし、平原を駆るサブノックの動きが速く、背中に飛び乗ってからも踏みとどまることができなかった。

 どうにか背中にぶつけることができたが……頭部を狙い撃つのは至難である。


(【星喰】は強力な魔法だ。だからこそ、他の魔法と併用することはできない……)


 それが【星喰】の弱点である。

 膨大量の魔力を常時吸引してくるこの魔法の性質上、他の魔法と重ねて使うことはできなかった。

 暗黒星を出している時には身体強化系統の魔法も強制解除されるため、生身の状態に戻ってしまうのだ。


(十発、二十発をブチ込めば斃れるんだろうけど……冗談だろう?)


 それまで、レストがこの巨獣を御することができるだろうか。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!」


「ッ……!」


 限界まで開かれたあぎとから、先ほどを上回る絶叫が放たれる。

 音のミサイル。魔法で防がなければ、鼓膜が破れるどころか数十メートル先まで吹き飛ばされていたかもしれない。


「GYAO!」


「…………!」


 絶叫の直後、サブノックが前足を叩きつけてきた。

 一瞬だけカウンターで【星喰】を発動させ、前足を奪ってやろうと考えたが……すぐに無謀な思いつきを捨てる。

 サブノックの巨大な足を一瞬で吸い込むことはできない。

 肉体の一部を抉ることはできても、レストの身体は叩き潰されてしまうだろう。


「【超加速】」


 スピードを大幅にブーストさせて、サブノックの前足を回避する。

 直後、ズドンと爆発したような轟音が鳴り響いて、大きな砂塵が舞った。

 前足が叩きつけられた場所には小さなクレーターが生じており、痛々しい爪痕が地面に刻み込まれている。


「【火球】【増幅】【圧縮】【加速】」


 前足の攻撃を回避して……四重奏での魔法発動。

 巨大な火球を圧縮させ、加速させて撃ち放つ。

 飛んでいった火球がサブノックの顔面に命中。真っ赤な爆炎を生じさせる。


「GYAO!」


「ム……!」


 しかし、ダメージは薄い。顔の毛皮が焼け焦げただけである。

 やはり四重奏とはいえ、通常の魔法では大ダメージを与えることはできない。

 サブノックが腐敗の唾液を水鉄砲で放ってくる。

 他の腐食獣もやっていた攻撃ではあるが……サブノックのそれは威力が段違い。

 まるでダムが放水をしているような大量の唾液が放たれた。


「【風壁】【水壁】【土壁】【火壁】」


 四枚の属性壁を構築して、唾液が降りかかるのを防いだ。

 周囲にサブノックの唾液が撒き散らされる。


「ギシャアアアアアア……」


 たまたま、近くにいた魔物が唾液を浴びてしまう。

 腐食の唾液を受けた魔物の身体が融解していき、そのまま腐り果てて骨になってしまった。


「……おっかないことをするなあ。この化物め」


 改めて思うが、こんな怪物を平原から解き放つわけにはいかない。

 もしも王都にでも行こうものなら……レストはうすら寒いものを感じて、顔を引きつらせる。

 頭の中に唾液によって溶かされた町と骨になった住民のビジョンが浮かぶ。


「……確実に止める。ここがいよいよ死闘だな」


 レストは決死の覚悟を決めて、目の前の怪物を狩る手段を全力で考える。


(奴の体毛は魔法抵抗がとても強い。炎、水、風、土、氷、雷……どれも通用しないだろう。毒は……試してはいないけど、腐食の唾液を吐くほどだ。効果があるとは思えないな)


 だからといって、接近戦からの【星喰】は当てることは難しい。

 不意打ちならばまだしも、敵が十分に警戒している状況で命中させることは難しい。


(【星喰】の使用中は身体強化も解除されるし、相手の攻撃がかすっただけで死ぬな。別の方法を考えた方が良さそうだ)


「だったら……」


 一つ、方法を思いついた。

 面倒臭そうなやり方。無限の魔力がなければ不可能で、レスト以外には不可能な方法である。


「よし、やるか」


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 サブノックの咆哮を受けながら、レストが動いた。


 魔境の平原。

 新たな覇者を決める戦いは佳境に向かって一直線に転がり落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る