第79話 国王陛下は苦悩する①

 ローデルが離宮で野心と憎悪を燃やしている一方。

 王宮の中心部では、一人の男が頭を抱えてうんうんと唸っていた。


「まったく……どうして、彼奴あやつはあそこまで愚かに育ってしまったのだ……」


 会議室のような部屋には大きな円卓が置かれており、そこには三人の人間がいた。


 一人は宮殿の主である人物。

 アイウッド王国の国王であるダーヴィット・アイウッド。

 ローデルの父親であり、国の頂点に君臨しているはずの男性だった。

 普段であれば胸を張って威厳ある態度で人前に立つ国王であったが、今日は椅子に深々と座り込んで背中を丸めている。

 国王の心を悩ませているのは、三番目の息子であるローデルの悪行だった。


「まさか教室の真ん中でクラスメイトに魔法を放つなんて……奴はいったい、何を考えているのだ?」


「何も考えていないのではないでしょうか、父上」


 答えたのは、同じく円卓についている青年である。

 アイウッド王国、第一王子リチャード・アイウッド。

 年齢はすでに二十代半ば。すでに王太子として立太子されており、次期国王になることがほぼ確定している人物だった。


「あるいは、そもそも考える脳が退化しているのか。奴の頭の中にはシフォンケーキでも詰まっているのではないですか」


「……リチャード、笑えんぞ」


「笑わせるつもりはありません。本気で言っているのですよ」


 国王が息子を睨みつけると、リチャードは鼻を鳴らした。


「奴はプライドばかりが膨れ上がった獣。まともな知性があると期待するのが間違いでしょう……遅かれ早かれ、問題を起こすであろうことはわかっていたはずです」


「…………」


 国王が沈黙でリチャードの言葉を肯定する。


 こうなることはわかっていた……その通りだ。

 ローデルは王族ではあったが、寛容さや慈悲深さとは無縁な男。

 肥大化したプライドと欲望を満たすことしか考えていない男だった。

 リチャードにとっては腹違いの弟であるのだが……ローデルを弟と思ったことはなかった。


「いっそのこと、今回のことで処分してしまっては如何ですか? 大義名分はあるでしょう?」


「出来ないとわかっていることを言うでない。お前も知っているだろうが」


 国王とて、ローデルを処分したいと思ったのは一度や二度ではない。

 しかし、残念ながらそれはできなかった。

 ローデルは守られている。亡き王太后と側妃によって。

 国王にできるのは、ローデルと側妃をまとめて離宮に隔離して、王宮で働く者達に被害が広がらないようにすることだけだった。


「まったく……母上はどうして、ローデルをあんなふうに育てたのだ……」


 国王が恨みがましく言う。

 ローデルを守る二枚の壁のうち、目先に立っているのは亡き王太后である。

 子供の罪は育てた親の責任とはいうものの、ローデルの育児と教育に国王は関わっていなかった。

 ローデルは国王の母親である王太后によって守られ、育てられてきたのだから。


 王太后……名前をフレデリカ・アイウッドという。

 その評判は良い。良過ぎるほどだった。

 人心掌握術に長けていた王太后はかつて多くの人間をまとめ上げ、暴君だった先代国王を排除。

 当時、中央集権だったアイウッド王国の権益を貴族に分散して、地方分権の根幹を築いた人物である。


 どんな男でもわずかに会話をしただけで心を掴んでしまうことから、娼婦のような人物だと一部の人間は揶揄しているが……実際には功績の方がはるかに大きい。

 だからこそ、王太后の派閥は彼女が死してなお健在であり、ローデルの後ろ盾となって守っているのだから。


「……同じ孫でも、おばあ様は私と弟には少しも目をかけてくださいませんでした。正直、私にはあの方が何を考えているのかわかりかねますね」


 リチャードがわずかに目を伏せて言う。

 ここでいう『弟』とはローデルのことではなく、第二王子であるアンドリュー・アイウッドのことである。


「死人を悪く言いたくはありませんが……おばあ様はわざとローデルの教育を失敗したようにしか見えません。そうでなければ、あそこまで頭のネジが抜けた馬鹿王子は完成しないでしょう」


「……さすがにそれはないだろう。かつては暴君から国を救った母も、晩年は孫可愛さに正しい判断ができなくなっていたのだろうな」


 国王が溜息を吐いた。

 息子の言葉を否定した国王であったが……実のところ、王太后が何を考えていたのかは息子である彼にもわかっていなかった。

 王太后は暴君だった夫を廃して、国を救った傑物であったが……元々は男爵令嬢であり、先代国王に見初められて無理やり王妃にされたのだ。

 その際、王太后の実家は滅ぼされている。家族・親戚、彼女の婚約者であった人物はその際に殺されていた。

 どちらも彼女が王家に嫁ぐことに反対して、暴君の怒りを買って排除されたのである。


(家族と婚約者を殺されて無理やり王の妻にされて……夫を排除して、権力を握って。母上、貴女はいったい何を考えていたのですか……?)


 国王は問うが、それに答える人間はすでに無い。

 王太后は最後まで実の息子にすら心の内側を明かさぬまま、逝ってしまった。

 望まずに結婚させられた男の種から生まれた息子を信用できなかったのか。

 それとも、他に理由があったのか。


「……感傷はもう良いでしょう。それよりも、これからのことを話しませんか?」


 それまで黙っていた人物が口を開いた。

 国王とリチャードの会話に耳を傾けるだけで、発言してこなかったその人物は宰相――ヴェリオス・クロッカス。

 セレスティーヌの実の父親であり、国王に次いだ力を持った権力者である。


「ローデル殿下は悪党ですが小物です。大それた悪事はできません。それよりも、殿下の背後にいる者達を切り崩さなければ」


「……そうだな」


 側近であるヴェリオスの言葉に国王が頷いた。


 王太后を崇拝していた者達の派閥。

 彼らは国王にとって目の上のタンコブであり、内憂としてたびたび立ちふさがっている政敵だった。

 いつ、ローデルを旗印にして反乱を起こすかわからない者達を放置することはできない。確実に潰さなくては。


「派閥の重鎮……アイガー侯爵が離宮で謹慎しているローデル殿下と接触したことはわかっています。何やら、悪だくみをしているようですね」


「……アイガーから目を離すな。奴の悪事を明らかにして捕縛することができれば、派閥を切り崩すきっかけになるやもしれぬ」


「……承知いたしました」


 ヴェリオスは王の命を了承して、動き出す。


 ヴェリオスにとっても、ローデルに関する問題は他人事ではない。

 娘のセレスティーヌが王太后のせいで、ローデルの婚約者にされているのだ。

 彼女をろくでもない男から解放するためにも……一刻も早く、王太后の派閥を落とさなければいけない。


 ローデルが暗躍する背後で、彼らと敵対している者達も動き出している。

 王宮で巡らされる彼らの争いが一人の少年が切っ掛けとなり決着づけられることになるのは、わずかに未来のことである。

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