第78話 ローデル王子は狂乱する①
アイウッド王国、第三王子であるローデル・アイウッドの人生は祝福に彩られて始まった。
父親はアイウッド王国が国王。母親は側妃ではあったものの、友好国であるガイゼル帝国の皇女。選ばれた血筋のサラブレッド。
両国の懸け橋として生まれたローデルは、時の権力者である王太后陛下の寵愛を受けて、何一つ不自由なく生きてきた。
魔法の才能にも満ちあふれており、第三王子であることが惜しまれるほどの傑物……だと自分では思っている。
「クソッ……この私が謹慎だと? 学園の教師ごときがふざけたことを……!」
そんなローデルであったが、現在は離宮で謹慎処分を受けていた。
きっかけはとある女子生徒に手を出そうとしたことである。
その女子生徒はクラスメイトの男子の婚約者だった。
昼休み、婚約者である男に会うため、魔法科一年Dクラスの教室にやってきたのだが……そこでローデルに見初められることになってしまう。
その女子生徒は決して派手さこそなかったものの、素朴な可憐さのある少女だった。
ローデルほどの男の妃にあるには値しないが……ちょっとした遊び相手として手折ってやるにはちょうど良い相手。
だから、声をかけた。
昼休みに相手をするように。自分の接待をするように。
そんなふうに命令をした。
しかし、それだけのことなのに何故かクラスメイトの男子が激昂した。
ローデルの行動を止めようとして、あまつさえ身体を掴んできたのだ。
その男子生徒の名前は知らなかったが……下級貴族の息子であることは記憶していた。
貴族とはいえ身分の低い下賤が玉体に触れたのだ、罰を与えなければならない。
だから、炎の魔法で焼いた。命まで奪わなかったのはせめてもの慈悲である。
(それなのに……どうして、この私が処分を受けなければならないのだ! 私は偉大なる王太后陛下の寵愛を受けるローデル・アイウッドだぞ!?)
「クソッ!」
ローデルはテーブルを殴りつけた。
部屋の隅に立っているメイドがビクリと肩を震わせるが、そんなことは気にもならない。
学園の教員ごときから罰を与えられたことが屈辱で仕方がなかった。
おまけに……父親である国王だけではなく、兄からも厳しく叱られてしまったのだ。
それがローデルをさらにイラつかせている。
(百歩譲って、父上は仕方がない……王だからな。しかし、先に生まれただけの兄に偉そうにされるのは我慢ならぬ……!)
ローデルには二人の兄がいるが……彼らが格上であると思ったことはない。
兄達の母親は正妃ではあるが公爵令嬢。ローデルの母親は側妃ではあるが隣国の皇女。
つまり、ローデルの方が血筋は上なのだ。
本来であれば次期国王となるべくはローデル。先に生まれただけで何の才能もない兄達ではない。
(所詮は公爵令嬢ごときの息子。どちらも大した魔法の才能は持っていない。政務や武術はそれなりに優秀なようだが……そんなものは家臣の仕事だ! 王者に必要な才能ではない!)
ローデルは拳を握りしめ、再びテーブルを殴りつける。
ローデルは心の中で己に言い聞かせた。
いずれひっくり返してやる……と。
王太子を僭称する長兄、少し早く生まれただけの次兄を追いやって、然るべき地位を奪い返してやる。
自分こそが次の国王に相応しい。きっと、周りもそう思っているはず。
「ローデル殿下、アイガー侯爵殿がお見えになりました」
部屋の扉がノックされて、顔見知りの執事が顔を出す。
使用人の名前などローデルは覚えていないが……王太后にも仕えていた優秀な執事である。
「失礼いたします……ローデル殿下、お久しぶりでございます」
現れたのはローデルの支持者の一人、古くから王国に仕えている重臣……アイガー侯爵だった。
すでに六十歳を過ぎた高齢の男が杖を突いて部屋に入ってくる。
「来たか、アイガー」
「はい……殿下が学園より謹慎を受けたと聞いて、居てもたっても居られず。まったく、学園の教師共は尊き王太后陛下の後継であらせられる殿下をないがしろにするとは、何という愚かなことか……!」
嘆かわしそうに首を振るアイガーに、ローデルは「その通りだ!」と頷いた。
「学園はなっておらん! 誰がこの国を統べるべき人間かわかっていないようだ……いずれこの私が然るべき地位に就いたら、改革をせねばならぬな!」
「その時までお支えいたします……学園の方には私の方から働きかけ、一刻も早く処分を解くように伝えておきましょう」
「ああ、頼んだ」
アイガーは侯爵であると同時に、学園の運営に携わっている理事の一人でもある。
基本的な裁量は教師側に任されているものの、無視できない存在だった。
「それと……この私を拘束した人間のことを調べておけ」
「殿下を拘束……? 教員の誰かでしょうか?」
「いや……あの時、煙幕を使って不意打ちをしてきた卑劣な輩がいる。顔は見えなかったが、不意討ちとはいえこの私を気絶させるほどの男だ。高位貴族の誰かに違いない」
ローデルは謹慎を受けたこととは別に、何者かによって気絶させられたことに酷く腹を立てていた。
煙幕という卑怯極まりない手段を使ったその人物は、こともあろうにローデルを床に這いつくばらせ、魔法で気絶させてきた。
(王国でもっとも尊き血を持つこの私に対する狼藉……とても許しがたい! 必ずや見つけ出して、家族もろとも処刑してくれる……!)
「畏まりました。調べておきます」
「頼んだぞ」
ローデルは胸の内で激しい憎しみをたぎらせ、忌々しそうに命じた。
ローデルはいくら罰を与えても反省しない。
何故なら、自分が誰よりも尊く、正しい存在であると信じているから。
しかし、ローデルは気がついていなかった。
自分に向けて恭しく頭を下げているアイガー侯爵……彼が忠誠を捧げているのはあくまでも王太后であり、ローデルではない。
アイガーだけではなく、ローデルに忠誠を誓っている人物の大部分が彼ではなくその背後にいる王太后を見ているのだ。
己が虎の威を借りる狐に過ぎないとローデルが気がつくのは、まだ先のことであった。
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