第77話 馬鹿王子は成敗したが……?


 レストが第三王子ローデルを気絶させて、その後、彼らは焼かれていた男子生徒もろとも医務室送りになった。

 危険な魔法を授業で扱うこともある学園における保健医はとても優秀だ。

『首がつながってさえいれば、どんな怪我でも治すことができる』などと噂になっているほど。

 ローデル一味も被害者の男子生徒も大きな障害を残すことなく、日常生活に復帰出ることのことだった。


 その後。

 昼休みに傷害……あるいは殺人未遂事件は起こったものの、Aクラスでは何事もなく午後の授業が行われた。

 変わったことといえば、担任のMs.カーダーがクラスメイトを集めて、注意事項を通達したくらい。


「昼休み、Dクラスで暴行事件が起こった。皆も知っているだろうが……授業以外で魔法を使用して他者を攻撃する行為は校則違反だ。くれぐれも気をつけるように」


 レストがローデルと取り巻きを鎮圧したことについても、厳密にいうのであれば校則違反である。

 もちろん、緊急時であり明らかにローデルが悪いとわかる状況なので、仮に名乗り出たとしてもペナルティを受けることはないだろうが。


 あれから、ローデルがどうなったかは知らない。

 おそらく、教員に拘束されているのだろうが……できることなら、このまま学園から消えてもらいたいものである。


 レストは帰りの馬車の中、ヴィオラとプリムラに昼休みの出来事について話をした。


「私達がお茶会をしている間にそんなことがあったのね……」


「まさか魔法で攻撃をするなんて……ローデル殿下の愚かさは想像以上ですね」


 事情を説明すると、姉妹はともに不快そうに表情をしかめた。


「できることなら、今回の件の責任を取って学園を辞めていただきたいですね。そうなれば、みんな安心なのですけど……」


「……たぶん、そうはならないわよね。停学止まりだと思うわ」


 プリムラの言葉に、沈痛そうな面持ちでヴィオラが首を振る。

 レストがヴィオラに視線を向けた。


「どうしてだ? 下手をしたらDクラスの生徒が一人死んでいたかもしれないし、退学になってもおかしくはないんじゃないか?」


「実は、セレスティーヌ様の話を聞いて父に聞いてみたのよ。あの馬鹿王子の後ろ盾、王太后陛下と側妃様について。その話を聞く限り、問題は思った以上にデリケートなのよね……」


 ヴィオラがしかめっ面で説明をした。


 ローデルの後ろ盾である王太后の派閥であるが……旗印を無くしてなおも精強で、いまだに王国内部で強い影響力を持っている人間がいるそうだ。

 学園の運営に携わっている理事の中にもそのメンバーがいるため、学園長であっても一存でローデルを退学させることができないとのこと。

 また、国境警備を担っているとある辺境伯家の現当主が王太后の根強いシンパだったらしく、ローデルを処分しての人物の怒りを買えば国防すら危うくなる可能性があるようだ。


「我が国は地方分権で貴族の力が強い。それはかつて暴君と呼ばれた王が専制を行い、民を虐げた反省からなのだけど……裏を返せば、国王陛下だって貴族達の同意を集めなければ身内を処分できない。王太后派閥が健在な限り、馬鹿王子を学園から追い出すことは難しそうね」


「いっそのこと……いや、何でもない」


『いっそのこと、始末してしまえば』……そう口に出しそうになり、レストは言葉を呑み込んだ。

 ここから先は明らかに、一人の学生で侯爵家の入り婿予定でしかないレストが口にして良いことではなかった。

 たとえローデルを生かしておくことで多くの人間が迷惑を被るとしても、それを決断するのは別の人間なのだから。


(できれば、ああいう噛ませ犬にはさっさと消えてもらいたいよ。セドリックとセロリ少年でお腹いっぱいだ……)


「……とにかく、ローデル殿下には関わらない方が良いな。二人も気をつけてくれよ」


 レストがヴィオラとプリムラにくれぐれもと言い含める。


「言っておくけど……二人がもしもアイツに害されたとしたら、俺も我慢できないからな」


「レスト……」


「レスト様……」


 ローズマリー姉妹が揃って瞳を潤ませて、レストの手を取った。

 姉妹が左右対称にレストの手を自分の頬に添えて、愛おしそうに目を細める。

 性格は正反対なのに、こういうふとした仕草がそっくりだった。


(この二人だけは何があっても守らないとな……)


 仮にそれが自分の将来を潰すことになったとしても。

 レストは深く決意を新たにして、二人の頬の感触を掌に焼き付けるのであった。

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