第76話 馬鹿王子に中くらいのざまあをします

 一年Dクラスの教室を魔法によって生み出された煙幕が包み込んだ。

 突然の事態に襲われて、事件の加害者である第三王子ローデルが叫ぶ。


「何事だ!」


「きゅ、急に煙が……!?」


「敵であるか!?」


 名前も知らない取り巻きの小男が動揺の声を上げて、大柄な男……ドーラが女子生徒の手を掴んだまま周囲を警戒する。

 そんな三者三様の混乱の中、レストが煙幕の内部で姿勢を低くして走り抜けた。


(【気配察知ライフサーチ】、【物質察知マテリアルサーチ】)


 魔法を使用して感覚を研ぎ澄ます。

 魔法によって視界が封じられていても、教室の内部のどこに何があるのか手に取るように理解できる。まるでコウモリが超音波で周囲を把握するように。


「フッ!」


「グッ……!?」


 低い姿勢から放たれたハイキック。

 ほぼ真下から繰り出された一撃がドーラの顎を下からかち上げて、大柄な体躯がわずかに浮く。

 体格からして武闘派らしくみえたドーラであったが……どうやら、そこまで実戦経験が豊富というわけでもなさそうだ。


「あ……」


 掴まれていた女子生徒の手が解放される。

 女子生徒は煙幕に巻かれて困惑しており、アタフタと周囲を見回している。


「床にしゃがんで頭を守っていろ。男の傍にいろ」


「貴方は……」


「いいから、急げ」


 女子生徒の耳元に囁くと、彼女は慌てて倒れている恋人の傍にしゃがみこんだ。

 片腕で頭を庇って伏せながら、抱き着くように密着した男に治癒魔法をかけている。


「誰かは知らぬが……この私に向けての狼藉、断じて許せぬ!」


 ローデルが怒声を上げて、右手を前方に向けた。

 わずかに聞こえたこちらの会話の声に向けて、魔法を放とうとしている。


「【拘束バインド】」


「ヒエッ!?」


 レストがさらに魔法を発動させた。

 魔力のロープが伸びて取り巻きの小男を拘束して、眼前へと引き寄せる。


「【火砲ファイアボルト】!」


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 ローデルの手から強烈な炎が噴き出した。

 盾にした小男の身体が炎に包まれ、絶叫が響きわたる。


「その声はまさか……トニーか!?」


 ローデルが驚きの声を上げる。

 どうやら、この小男の名前はトニーというらしい。


「……ぐへ、え……」


 トニーがプスプスと煙を上げて、地面に倒れる。

 流石に学園内で死人を出すわけにもいかないので、治癒魔法はかけておいた。


「クソッ……何者だ! この私をローデル・アイウッド王子であると知ってのことか!?」


 煙幕によって生み出されたカーテンに向かって、ローデルが叫んだ。

 正直、この男が何者であろうと知ったことではない。


(権力者であることを、魔法の才能をあることを、弱者を虐げることにしか使えない奴を敬うつもりはない……!)


 煙の中から、レストがローデルに向けて拳を繰り出した。


「グハッ……!」


 ローデルの顔面に拳が突き刺さる。

 怯んだ隙に足払いをかけて転ばせて、そのままうつ伏せに組み伏せて抑え込む。


「このぶれ……」


「【雷掌ショック】」


 無礼者……とでも叫ぼうとしたのだろう。

 組み伏せた体勢のまま、レストが電撃を浴びせかけた。

 スタンガンでも撃たれたようにバチバチと音が鳴り、ローデルの身体が何度か跳ねて動かなくなる。


(このまま殺してやった方が世の中のためのような気もするが……)


 流石にそれが不味いと言うことはわかる。

 ここまでは暴力行為の鎮圧ということで言い訳が利くが、これ以上は不味い。


(いくら世紀の馬鹿王子であったとしても、王族を殺すのは問題がある……命拾いしたようだな)


 ローズマリー侯爵家にだって迷惑がかかるかもしれない。

 レストはそっと教室の窓を開けて、屋外に身体を躍らせる。

 教室の内部に風が吹き込んで、魔法による煙幕が吹き飛ばされていく。

 後のことは教員に任せるとしよう……レストは出来るだけ誰にも顔を見られないように注意して、その場を立ち去ったのであった。

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