第75話 ぼっち昼食だが事件です


 こうして、レストの学園生活が始まった。

 いくつかの授業を受けて、クラスメイトと親交を深めて。

 それなりに順風満帆な学園生活を送ることが出来ていた。

 しかし……そんな学園に入学して二週間ほどたった頃、唐突に騒動に巻き込まれることになってしまった。


 とある昼休み。

 その日はローズマリー姉妹が女友達と一緒に茶会を開くとのことで、レストは珍しく一人で行動していた。

 貴族のための教育機関であるこの学園には、学内にいくつかのサロンがあって、事前に申請していれば生徒も使用することができるのだ。


(貴族にとって茶会は情報収集の場。淑女の嗜みってことか)


 いつもは侯爵家から持たされた弁当を姉妹と一緒に囲んで食べることが多いのだが……せっかくの機会なので、今日は学食で昼食をとることにした。

 今日は午後一コマ目の授業は取っていないため、ゆっくりと食事することができるだろう。

 いつもよりのんびりとした足取りで学食を目指して廊下を歩いていたのだが……唐突にズドンと何かが爆ぜるような音が聞こえてきた。


「なっ……!」


 急な爆発音にレストは身構えた。

 間違いない……今のは火属性の魔法による爆発だ。

 いったい、どこから音が聞こえてきたのかと廊下を見回すと……端にある教室から煙が上がっていた。


「あそこは……Dクラスの教室か!?」


 そこは一年Dクラスの教室だった。

 教室からは避難する生徒が慌ただしく出てきており、反対に野次馬が集まりつつある。


「…………!」


 レストは警戒しつつ問題の教室に近づいて、野次馬に混じって中を覗き込む。

 すると、教室の中央で一人の男子生徒が倒れている。


「う……あ……」


「いやあ! フランツ! フランツ!」


 倒れた男子生徒は服が黒焦げになっており、全身に火傷を負っていた。

 か細く呼吸しており、息はあるようだが……早急に手当てをしなければ命の危機さえありそうである。

 倒れた男子生徒に一人の女子生徒が縋りついており、必死な様子で名前を呼んで泣き叫んでいた。


「フン……馬鹿が。この玉体に触れるとは無礼者め」


 そして……二人を見下ろしているのは見覚えのある男。

 入学式直後、Aクラスの教室に乗り込んできて騒動を起こした第三王子ローデル・アイウッドだった。


「おい、何があったんだ?」


「えっと……お前は……?」


「いいから、教えてくれよ」


 Dクラスの生徒らしき男子を捕まえて訊ねると、彼は事情を話してくれた。


「ローデル殿下が女子生徒の一人に声をかけたんだ。その……これから、自分と食事に付き合うようにって。それでその女子生徒の恋人の男が止めに入ったら口論になって、そいつが殿下の腕を掴んでしまって……」


「まさか……魔法を撃ったのか? こんな教室で?」


 驚いて訊ねると、その男子生徒が頷いた。

 まさか、ナンパを邪魔されたくらいで攻撃魔法を撃って相手を半殺しにするだなんて……愚かな王子であるとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。


(なんたる封建主義……いや、この王子が馬鹿なだけなんだろうけど……)


「お前のせいで服が汚れてしまった。女、お前が責任を取れ」


「ほら、殿下がそうおっしゃっているんだ! さっさと立ちやがれ!」


「いやあっ!」


 ローデルの取り巻きの一人が女子生徒の腕を掴んで、無理やり立たせた。

 レストの記憶が確かならば、セレスティーヌから『ドーラ伯爵子息』と呼ばれていた男である。

 ローデルの傍にはもう一人の取り巻きである小男の姿もあり、ニヤニヤと笑いながら、抵抗している女子生徒に下卑た視線を送っていた。


「お願いします、フランツの手当てをさせてください! このままだと、フランツが死んでしまいます……!」


「クズの平民のことなど知ったことではない。これ以上、この私を待たせるな」


 女子生徒の懇願にローデルが冷たく言う。

 口調こそ冷めきったものであったが……ローデルの視線は女子生徒の胸やスカートから覗く太腿に向けられている。

 ローデルは女好きだと聞いていたが、どうやら、事実だったようである。


(これは……どうしたものかな?)


 レストが苦い表情になりつつ、目の前で行われる傍若無人な光景に目を細める。

 心情としては……もちろん止めたい。

 真っ当な感性の持ち主であれば、教室で繰り広げられている光景に誰もが不快になるに決まっている。


(だが……あの馬鹿王子に目を付けられたら面倒だな)


 仮にここで止めに入ったとしても、誰かから非難されることはあるまい。

 いくら王族であろうとも、コレは完全に明らかにやり過ぎだ。


(だけど……王子が退学になったり、極刑になったりはしないんだろうな……)


 セレスティーヌから聞いた話では、この王子はろくでもない男ではあるが後ろ盾だけはあるようだ。

 退学になって簡単に解決とはいかないはず。


(あの王子の性格からして、確実に逆恨みするに決まっている。俺だけならばいいが、ヴィオラやプリムラが巻き込まれたら厄介だな……)


 二人がローデルに目を付けられるわけにはいかない。

 だが……それでも、見て見ぬふりをして通り過ぎるのも違うはず。


(ここで見捨てて逃げるような男はあの二人に相応しくない……二人を失望させるようなことができるものかよ)


 レストは自分を選んでくれたローズマリー姉妹に恥じるようなことだけはしないと決めていた。

 事なかれ主義に甘んじて、目の前の害悪から目を逸らす行為はできなかった。


「やるか……」


 あの王子の悪行を見逃さない。

 だが……目を付けられないように、認識されることなく叩きのめす。

 それだけのこと。簡単なことではないか。


「【煙幕スモークスクリーン】」


 レストが魔法を発動させると、Dクラスの教室内部を白い煙のカーテンが包み込んだ。

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