第74話 ダンスを踊ります

『剣術』の授業は無事に……といえるかはわからないが、どうにか終了した。

 レストとダニーラの試合が終わってからも騎士科と他学科の生徒との間で模擬戦が行われていたが、最初のように他学科の生徒が一方的にタコ殴りにされるようなことはなかった。

 そもそも、騎士科の生徒が確執を抱いているのは魔法科の生徒に対してのみ。

 文官科や神官科の生徒に思うところはないようで、大きな怪我をさせることなく倒していった。


 最終的な結果として、『剣術』の授業に参加していた騎士科の生徒の九割が勝利。

 残りの一割が魔法科を含む他学科の生徒で、授業に参加することを許された。

 敗北した生徒は学期末までグラウンドのランニングだけしかやらせてもらえず、辛酸を舐めることになるだろう。


「そんなことがあったの……大変だったわね」


 レストの話を聞いて、ヴィオラが感心と呆れが半分ずつで溜息を吐いた。


『剣術』の授業が終わって、現在は本日最後の授業……『ダンス』の授業の最中だった。

 学園内にあるダンスホールにて、レストはヴィオラの両手を手にしながら、音楽に合わせてややぎこちない仕草でステップを踏んでいる。

 ヴィオラの足を踏まないように全力で注意しながら、先ほどの授業での出来事を話していた。


「そうなんだよ……まさか、魔法科と騎士科にあんなに溝があるなんて思わなかったよ」


「魔術師と騎士はそもそも、仲が良くないのよね。どっちも自分達こそが国を支える主役だと思っているから。幸い、私の父と騎士団長殿は親しい間柄だから、大きな衝突にはなっていないけれど」


 ヴィオラの父親……アルバート・ローズマリー侯爵は宮廷魔術師長官をしており、王国の魔術師のトップに立っている。

 騎士団長であるカトレイア侯爵は学生時代の友人らしく、それなりに親しい関係であるそうだ。


「もちろん、騎士と魔術師の仲が悪いと言っても、足の引っ張り合いをするほどじゃないのよ。まあ、手柄の取り合いくらいはするかもしれないけど」


「あー……なるほどね。そういうこともあるかもしれないな」


 レストは苦笑いをしつつ、前世の記憶を引っ張り出した。

 同じ国、同じ勢力に属しているからといって、必ずしも一つの信念を掲げているとは限らない。

 事実かどうかは知らないが……アメリカの軍隊は空軍と海兵隊がいがみ合っていて、過去には誤爆による同士討ちもあったとのこと。

 戦前の日本でも陸軍と海軍との間に亀裂があって、重要な軍事情報を共有しなかったために大きな損害を被ってしまったことがあるという。

 同じ国の御旗のもとに戦ってはいても、志まで同じとはいかないのだろう。


(うーん……権力分立の観点からも、多少の派閥抗争はあった方が良いのかもしれないけど……まさか学生時代にそれに巻き込まれるなんてね)


「まあ、全ての騎士が魔術師を嫌っているというわけじゃないんだろうけど……あ、レスト。そこはステップが違うわよ」


「おっと!」


 ヴィオラの指摘を受けて、レストは慌ててダンスを修正する。

 幼少時から貴族としての嗜みでダンスを習っていたヴィオラに対して、レストは全くの素人である。

 ローズマリー侯爵家の屋敷で簡単な教えを受けたことはあるが、受験勉強や魔法の鍛錬が優先で二の次になっていた。


「ごめん、ミスしたな」


「良いわよ、別に。それに……レストは運動神経も悪くないし、センスだってあるから。すぐに上達するわよ」


「そうだと良いんだけど……」


「大丈夫よ。レストにはダンスに付き合ってくれる相手がたくさんいるからね。今日はたっぷり練習できるわよ」


 ヴィオラが意味ありげに視線を横に逸らす。

 ダンスに支障がない程度に視線を追うと、ダンスホールの端ではプリムラとユーリが順番待ちをしている。

『ダンス』の授業を選択するのは男性よりも女性の方が多いため、一人の男子生徒が複数人の女子生徒の相手をすることになるのだ。


「プリムラは私よりも教え方が上手いし、ユーリは多分だけどレストよりも下手だから、かえって良い練習相手になるかもしれないわ。焦らなくていいから、少しずつ上達すれば良いわよ。二人とのダンスが終わったら、次はまた私だからね!」


「……休憩くらいさせてくれよ。本当に」


 いくら魔法で疲労を抑えられるとはいえ、疲れるものは疲れるのだ。

 レストは顔を引きつらせつつ、ヴィオラとの一曲目のダンスを終えたのであった。

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