第73話 騎士科を剣で叩きます


「グウウウウ……」


 まさかの展開。ユーリが騎士科一年生最強の生徒に勝ってしまった。

 予想外の出来事にオッドマンが悔しそうに唸るが……すでにリュベースは走り去っており、勝敗は明白である。

 歯を食いしばって拳を握りしめているオッドマンに魔法科や文官科の生徒のみならず、騎士科の生徒すらいぶかしげな目を向けていた。

 いかに教員の強権を行使したとしても、ユーリの勝利を覆すことはできそうもない。


「……勝者ユーリ・カトレイア嬢」


「ムウ……」


 納得いかないという表情をしながら、ユーリが戻ってくる。


「お疲れ、どうだった?」


「正直、学ぶことのない戦いだったな……せっかく本物の剣士と戦える日が来たというのに……」


 レストの問いにユーリが唇を尖らせて答える。

 意外と戦闘狂なところがあるらしく、満足するまで戦えなかったことが不満だったようだ。


「そうか、それは残念だったね」


「ああ、とても残念だ……しかし、『剣術』の授業を受けていれば、また戦う機会もあるだろう」


「……それはどうだろうな」


 リュベースの様子を見る限り、ユーリと戦う日は来ない気がする。


「……次、騎士科ダニーラ。魔法科レスト」


「あ、俺の番だな」


 ウッドマンが不機嫌そうな様子でレストの名前を呼んだ。

 怪我人の手当てをしていたレストが立ち上がって、木剣を手にしてフィールドに向かう。


「思いきりやって良いぞ。ダニーラ」


「へへっ……言われずとも。魔法科の連中のすまし顔を叩き潰してやるのが待ち遠しかったんだ」


 オッドマンから過激な激励を受けて、くすんだ茶髪を短く刈った男が前に出てきた。

 身体つきはそれほどガッシリとしているようには見えないが、背の高い男である。

 瞳に凶暴そうな色が浮かんでおり、まるで肉食獣のように牙を剥いていた。


「本当はさっきの女と闘りたかったんだけどな……女を叩きのめすのは大好きなんだ」


「……危ない奴だな。騎士科では猛獣を飼い始めたのか」


「ハハッ! いかにも魔法科らしい言い草だよな!


 レストと向かい合いながら、暴力的な男……ダニーラという少年が木剣を掲げた。


「リュベースの奴も情けないよなあ! 女にまんまとしてやられるような男が一年の筆頭だとか有り得ねえ! まあ、すぐに順位争奪戦で奪ってやるけどなあ!」


「順位争奪戦……騎士科の伝統って本当にあったんだな?」


 騎士科の生徒にはそれぞれ順位が与えられており、テストや一対一の決闘によって序列を奪い合うという慣例があるらしい。

 順位が上の者ほど、卒業後の進路に恵まれやすくなる。


「序列五位以内は近衛騎士からスカウトされるんだったか……ちょっとだけ、面白そうだよな」


「魔法科の連中なんて叩いたところで順位は上がらねえが……ハハッ! 楽しませてもらうぜえ!」


「始め!」


 戦いの開始が宣言された。

 ダニーラが飛び込んできて、レストの足を狙って剣撃を叩きつけてくる。


「足狙いか……趣味が悪いな」


 レストは軽く跳躍して攻撃を回避した。

 あえて足を狙うことで戦いを長引かせ、痛めつけるつもりだったのだろう。


「ヒャッハー! よくぞ避けたなあ。褒めてやるぜえ!」


「…………」


「今度は右、次は左! 胴体はどうだあ!?」


 右から来る攻撃を木剣で受け止め、左からの攻撃は後ろに下がって回避。

 胴体に向かって刺突が来るが、身体を捻って避けた。

 ダニーラが次々と木剣を振るって攻撃してくる。

 この男は騎士科でも上位の生徒なのだろう……粗削りではあるものの、その剣は鋭く、速い。

 レストは紙一重で攻撃を回避しつつ、フィールド内を逃げ回る。


(ディーブル先生に弟子入りしていなかったら瞬殺だったな……コイツ、普通に強い)


 偉そうなことを言うだけのことはある。

 口だけではなく、十分な実力を感じられた。


「まだまだ行くぜえ……【加速】!」


 ダニーラがさらに速度を上昇させる。

 すでにお互い、【身体強化】は使っていたのだが……戦いはどんどんハイスピードになっていった。


「こっちも【加速】……なかなか、やれやれな戦いだな……」


「おいおい、魔法使いにしてはやるじゃねえか……楽しいよなあ! もっと楽しませてくれよお!」


「別に楽しくはないけどな……やっぱり、剣技はそっちの方が上か」


 もしも殴り合いであれば勝てるだろう。

 だが……剣を使っての戦いであれば、相手に分があるようだ。

 スピードは互角でも、徐々にレストの方が押されてきてしまう。


「身体強化系統の魔法は使用してもルール上、問題無し。だったら……」


「ヒャッハー! どうした、まさかそのまま殺られちまうのかあ!?」


「やられないよ」


「ああ?」


 ダニーラの攻撃を回避して、すぐにその背後に回り込んだ。

 相手が振り返るよりも先に背中に一撃を叩きこむ。


「グハッ……!」


 木剣で背中を叩かれたダニーラが前方に倒れ、すぐに体勢を立て直す。


「リカバリーが早いな。やっぱり、お前は強いよ」


「テメッ……今、何を……!」


「戦闘中だ。おしゃべりはこれくらいにしておこう」


「ッ……!?」


 すぐさま地面を蹴って、再び背後に。

 ダニーラがすぐに振り返るが、今度は顔面に木剣を叩きこんだ。


「チッ……テメエ、なんだこの速度は……!?」


 説明してやる義理はない。

 レストはフィールド内を縦横無尽に駆けまわりながら、ダニーラの身体を木剣で攻撃する。

 肩を打ち、腿を打ち、胴体を打ち、次々と打撃を浴びせた。


「【超加速ハイ・アクセラレータ】」


 それは【加速】の上位互換の魔法。

 師であるディーブルが唯一使うことができる上級魔法であり、レストにもまた伝授されていた。


(剣術の授業からは逸脱しているかもしれないけど……ルール上、違反はしていない。悪く思うなよ)


「オオオオオオオオオオオ……!」


 何度も何度も攻撃を受けて、ダニーラが叫ぶ。

 いっこうに倒れる様子がないのは防御系統の魔法を発動させているのだろう。

 それでも、何十発も攻撃を受けると限界がやってくる。


「クハッ……」


 ダニーラが動かなくなる。立ったまま、白目を剥いて。


「た、立ったまま死んでやがる……」


 戦いを見ていた誰かがつぶやく。

 唖然とした視線がレストとダニーラに浴びせられる。


「いや……死んでないよ?」


 気絶しているだけである。

 人を勝手に殺人犯にしないでもらいたい。


「し、試合終了……」


 オッドマンが苦々しい口調で試合終了を告げた。


 後から知ることになるのだが……ダニーラという男は騎士科一年の序列二位の生徒だったらしい。

 一位のリュベースと二位のダニーラ、騎士科のトップに立つ生徒が剣術という自分達のフィールドで敗北を喫したという噂はやがて学年中に広がっていくのであった。

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