第72話 ユーリ VS 学年最強

「次の試合は……騎士科リュベース。魔法科ユーリ・カトレイア! 前に出ろ!」


 どことなく緊張した様子でオッドマンが次の対戦カードを告げる。

 木剣を手にして前に出たのはクラスメイトの友人、この場にいる数少ない女子生徒であるユーリだった。

 一方で、対戦相手はくすんだ灰色の髪を背中の後ろでまとめた男。短髪が多い騎士科の生徒の中では珍しく、伸びた前髪が目元にかかっている。


「リュベース……もしかして、ヴィルヘルム・リュベースか!?」


「知っているのか、ルイド?」


 急に声を上げたルイドにレストが問う。

 ルイドはユーリの対戦相手である男子生徒を目を丸くして見つめながら、どこか畏怖した様子で説明をする。


「ああ……今年の騎士科の主席合格者だよ。入学式でも挨拶していただろ?」


「そういえば……いたな。確かに」


 泥投げ事件のおかげで記憶から飛んでいたが、言われてみれば入学式で壇上に立っていた生徒の一人に彼がいた気がする。


「リュベースは入学試験の実技テストで、試験監督として来ていた現役の騎士を剣で叩きのめして合格したってもっぱらの噂だ。髪も長くてだらしなく見えるけど、間違いなく今年度の騎士科で最強の男だよ」


「そんな奴がユーリの対戦相手に……何が何でも、ここで落とそうってつもりだな……」


 先ほどの会話からして、騎士科の教員であるオッドマンは何者かの指示を受けており、ユーリに剣を握らせたくないようだ。

 この試合で負かして、今学期の『剣術』の授業から締め出すつもりらしい。


(気をつけろよ……ユーリ!)


 レストが心の中で友人の勝利を祈っていると、敵と向かい合ったユーリが朗らかな様子で口を開く。


「ほほう、嬉しいな。まさか騎士科の主席合格者と手合わせができるなんて」


「…………」


「私はこれまで父親の教育方針でまともに剣術を学ぶことができなかったんだ。是非とも、胸を借りて戦わせてもらうよ!」


「胸を、借りる……?」


「ああ。相手にとって不足無しだ。よろしく頼むよ」


「…………」


 ユーリがいつもと変わらないマイペースな口調で話しかけるが……対戦相手のリュベースはほとんど言葉を発しない。

 無口な気質なのか、表情の読めない顔で黙り込んでいた。


「それでは……始め!」


「ヤアッ!」


 試合開始が告げられた途端、ユーリが地面を蹴って前に跳び出した。

 剣を上段に掲げて、大振りで対戦相手に叩きつけようとする。


「ダメだ……!」


 思わず、レストは唸った。

 格上の相手に対して大振りの攻撃だなんて、素人丸出しではないか。

 相手の様子を見ながら小振りで攻撃を繰り出し、隙を見て大技を出すのが近接戦闘の常道である。


「…………」


 予想通り。

 リュベースが軽く身体をずらしただけでユーリの攻撃を回避した。

 そのまま、攻撃直後で無防備となったユーリにカウンターでの一撃を……。


「…………」


 出さなかった。

 リュベースはユーリに攻撃することなく、無言で後ろに飛んだ。


「逃がすか!」


 ユーリが後退するリュベースを追撃した。

 川を跳ねる若鮎のように細身の肢体を躍動させ、剣を振り回しながら対戦相手を追いかける。


「ヤッ! フッ! トオッ!」


「…………」


「この、この……当たれ!」


「…………」


「エイエイッ! 隙あり!」


 隙あり……などと叫んで剣を振るユーリであったが、隙なんてなかった。

 リュベースは未来でも見えているかのような軽やかなステップで攻撃を回避し、捌いていく。


「…………?」


「お、おい! これってどっちが勝ってるんだ!? ユーリの方が有利なのか!?」


 怪訝に目を細めているレストに、ルイドが駄洒落のようなことを言って解説を求めてきた。


「えっと……攻めているのは見ての通り、ユーリだな。だけど、ユーリは少しも有利じゃないよ。むしろ、いつやられてもおかしくはない」


「どういうことだ?」


「……わからない。どうして、あのリュベースって男は反撃しないんだ?」


 そこがずっと疑問だった。

 リュベースは少なくとも十回以上はカウンターでユーリに攻撃を当てられるタイミングがあったというのに、チャンスをスルーしていたのだ。

 前髪で隠れた瞳でユーリを凝視しているかと思えば、あからさまに視線を背け、かと思ったらやっぱり見つめて……。

 ユーリの攻撃を十分な余裕をもって躱しながらも、一度として剣を振ってはいなかった。


「おい、何をやっている! リュベース!」


 焦れているのは審判役のオッドマンである。


「さっさと倒せ! 何を遊んでいるんだ……!」


 よほどユーリを負かさなければいけない事情があるのか、オッドマンは自分が中立の審判役であることも忘れて声を張り上げている。


「チッ……」


 オッドマンの指示を受けて……リュベースが右手の剣を振ろうとする。


「来るかっ!?」


 慌てて剣を両手で持って頭上に掲げ、防御しようとするユーリ。

 それは悪手である。上と見せかけたフェイントに引っかかり、別の方向からの攻撃を喰らってしまう。


「…………」


 しかし、リュベースは攻撃しない。

 すんでのところで剣を止めて、後方へと飛んだ。


「ム? 来ないのか?」


 ユーリも首を傾げた。

 流石にリュベースの様子がおかしいことに気がついたのだろう。

 攻撃の手を止めて、対戦相手の顔をジッと見つめると……。


「…………僕の負けだ。降参する」


 何故か、リュベースの方が敗北宣言をした。

 木剣を投げ捨て、スタスタとフィールドから出て行こうとする。


「え……勝った?」


「カトレイアさんが勝った? あのヴィルヘルム・リュベースに?」


「う、嘘だろ!? どうしてリュベースが負けてるんだよ!」


 あまりにも予想外の結果に、魔法科の生徒から困惑の声が上がる。

 騎士科の生徒達も混乱して叫んでいた。


「おい、リュベース! どういうことだ!?」


 そして、この場で誰よりも動揺しているのはオッドマンである。


「俺はカトレイア嬢に必ず勝てと言ったはずだ! 降参など認めないぞ!?」


「……勝敗はついた。僕の負けだ」


「お前はまだ一撃も貰っていないだろうが!? 降参なんて許さないぞ。お前も学期末までランニングだけで過ごしたいのか!?」


 オッドマンが恫喝するが、リュベースは興味なさそうに「別にいい、それで」と去っていこうとする。


「待て! 私だって納得いかないぞ!」


 さらに、勝利したはずのユーリまでもがリュベースに詰め寄った。


「戦った末の敗北であれば喜んで受け入れるが、理由もなく勝利を譲ってもらう道理などない! もう一度、立ち合ってくれ!」


「知るか……お前とはもう戦わない」


「待て!」


 あしらって去ろうとするリュベースの手をユーリが掴んだ。

 途端、リュベースが手を振り払ってビクリと跳躍した。


「へ……?」


「ぼ、ぼぼぼぼぼぼ……僕に触るなっ!」


「ハア? 何を言っているんだ、君は」


「僕に触るなと言ったんだ……ああ、もう!」


 リュベースがゴシゴシとズボンで掴まれた手を拭いている。

 まるで汚物に触れてしまったような過剰反応だった。


「ム……すまない。汗がついていたか?」


「そういうことじゃないんだよっ! こ、この痴女め!」


「ち、ちじょ?」


「お前が試合中、ずっとおっぱ……駄肉を揺らしているせいで、ちっとも集中できないんだよ! ああもうっ……これだから女は大っ嫌いなんだ!」


「…………」


 騎士科一年最強のであるはずの少年が涙声になって叫んでいる。

 その場にいる一同が唖然として、その様子に困惑していた。


(もしかして、アイツって……すごく女に弱いのか?)


 女が嫌いなのか、免疫がなくて照れ屋なのか……それはわからないが、とんでもなく女性が苦手なのかもしれない。

 試合中、体操服を着たユーリの胸が揺れているのを見て、それで反撃も出来ずに防戦一方になっていたのではないだろうか。


「僕の負けっ! それで決定! お前とは二度と戦わないからな!」


 子供のように叫んで、リュベースは逃げ去ってしまった。

 ユーリもさすがに追いかけることができず、目を丸くして逃げる対戦相手を見送っていた。

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