第71話 模擬戦だが怒りを燃やす
『剣術』の授業。最初の一回。
次々と魔法科の生徒が騎士科の生徒に叩きのめされていく。
そのたびにレストは怪我をした生徒の手当てをしていった。
「おい、レスト。お前、魔力は大丈夫なのか?」
友人であるルイドが心配そうに訊ねてきた。
「問題ないよ。魔力量には自信があるから気にしないでくれ」
すでに十人以上は手当をしているが、無限の魔力を持っているレストは少しも目減りしていない。
むしろ、危なくなっているのは忍耐力の方である。
「それにしても……騎士科の奴ら、随分と好き勝手にしてくれたな。いったい、魔法科に何の恨みがあるっていうんだ」
次々とやられるクラスメイトの姿を見て、レストの我慢の限界も近かった。
うっかり魔法を撃ち込まないように我慢するのもじきに限界である。
「ああ……騎士科の生徒が魔法科に変な対抗心を持っているとは聞いたことがあるが、ここまでとは思わなかったぜ」
ルイドも怒りの表情で同意する。
騎士科の生徒の中には、魔法科の生徒に対してコンプレックスを持っている人間達がいる。
そもそも、騎士や戦士といった前衛職を目指す人間の多くは魔力が少なく、魔法使いとしてはやっていけない人間達だ。生まれつきの魔力が多い人間はまず魔法使いを志すことが多い。
そのため、騎士科の人間は『魔法使いになれなかった人間』という意識を持っており、魔法科に憎しみじみた対抗心を持っていた。
もちろん、全ての人間がそうというわけではない。
高い魔力を持っていてもあえて騎士を目指す人間だっている。
好きで剣や槍を振るっており、魔法使いにコンプレックスを持っていない者も多かった。
(だけど……このオッドマンという教員はそうでないみたいだな)
「よーし、次は騎士科のベドリー。魔法科のルイド・ジスタル。前に出ろ」
「俺の番だ……リベンジしてやるから見ていてくれ」
ルイドがメラメラと闘志を燃やして、フィールドへと向かっていった。
木剣を手にして、騎士科の生徒と向かい合う。
レストが見たところ……ルイドはモヤシというほど身体つきが貧相ではないが、四肢の筋肉の付き方は明らかに騎士科の生徒よりも劣っていた。
(魔法無しの縛りだと、完全に不利だな……さて、どうするつもりだ?)
「試合開始!」
「ウリャ!」
試合が始まると同時にルイドが動いた。
何を思ったのか……手に持っていた木剣を投擲したのである。
「なっ……!」
これは騎士科の生徒も予想外だったらしい。
顔面に向けて投げつけられた木剣を慌ててガードする。
「【身体強化】!」
そして、ルイドが地面を蹴って走る。
ガードのために視界を制限された騎士科の生徒の背後に回り込んで、その首を羽交い絞めにしたのだ。
「グッ……テメッ……離しやがれ……!」
「離すわけねえだろうが! 甘えてんじゃねえぞ!」
ルイドが魔法によって肉体を強化させ、首をロックした状態で両脚を胴体に巻きつけてしがみつく。
騎士科の生徒が必死になって振りほどこうとするが……状況が悪い。
いくら体格や筋力に差があったとしても、魔法の精度に関しては魔法科の生徒が上である。
身体強化したルイドを振りほどくことができず、やがて仰向けに倒れて白目をむいて昏倒した。
「…………試合終了だ」
オッドマンが不満そうな顔で試合の終わりを告げる。
ルイドが「フウッ」と息を吐きながら、対戦相手の身体から離れた。
「ふいー、ヤバかったぜ。ギリギリの勝利だったな」
「いや、結構余裕で勝ってなかったか?」
「そうでもねえよ。あの野郎、腕に爪を立てやがって……いつ引き剥がされるのかと必死だったぜ」
見れば、ルイドの腕には引っかき傷がついて血もにじんでいる。
レストが治癒魔法をかけると、傷が跡形もなく消え去った。
「サンキュー、助かったぜ」
「いいよ……魔法科の生徒の初勝利だな」
すでに十人以上のクラスメイトがやられており、勝利したのはルイドが初めてだった。
「そうだな、次は……」
「私の番だよ」
ズイッと前に出てきたのは、怪我人を介抱していたユーリ・カトレイアだった。
「出席番号順で呼ばれているようだから、次は私だ。そうだろう?」
「えーと……大丈夫か、ユーリ」
「ああ、問題ないよ」
意外なことに、ユーリは笑顔を浮かべている。
てっきりクラスメイトがやられて義憤を燃やしているのではないかと思っていたのだが……そういえば、他の生徒が叩きのめされているのを見ても特にリアクションはしていなかった。
「私が強ければ勝つ。弱ければ負ける……それだけさ。命のやり取りというわけでもあるまいし、心配はいらないよ」
ユーリは平然とした口調で言って、木剣を手に取った。
明るく天真爛漫な性格のように見えて、意外とシビアな考え方である。
(そういえば、騎士団長の娘だったか……わりと勝負に関しては厳しい考え方を持っているのかもしれないな……)
魔法科のクラスメイトがやられたことについても、勝負の世界だから仕方がないなどと思っているのかもしれない。
レストは友人の新しい面を見たような気になりつつ、その背中を見送った。
「おい、リュベース……」
「ん……?」
一方で、オッドマンが騎士科の生徒の一人を手招きして、小声で何かを言い聞かせていた。
いったい何を話しているのだろう……レストはさりげなく魔法を発動させ、声を拾って耳を澄ませる。
『次の試合、必ず勝利しろ』
『あの方に剣を握らせるなと言われているからな……』
『ただし、怪我をさせるような攻撃は無しだ。絶対にだぞ!』
「…………?」
おかしな指示である。
必ず勝てというのはわかるが、剣を握らせたくないとか怪我をさせるなとかどんな意図があるのだろう。
(そういえば……騎士科の教員には騎士団のOBが多いんだったな)
『あの御方』などと口にしていたし、もしかすると騎士団長であるカトレイア侯爵が関係しているのかもしれない。
(ユーリが家出していることと関係あるのかな……いや、考えてもわかりっこないだろうけど)
よその家の家庭の事情である。考えたところで仕方がない。
そんなことよりも……試合がどんな結果になるのか見守るとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます