第70話 いきなり模擬戦です

 グラウンドの中央にて、現れた教員の前に生徒達が集まった。


「騎士科、『剣術』の授業を担当しているベイック・オッドマンだ」


 整列した生徒達の前に立ったのは大柄で短髪の中年男性である。

 いかにも騎士科の教員らしく、ガッチリとした筋肉で全身を固めていた。


「さて……御覧の通り、騎士科の経験者と他学科の素人が混じっているわけだが……これから早速、模擬戦をしてもらう」


「…………!」


 騎士科以外の生徒達からざわめきが生じた。

 この中には一度も剣を握ったことがない人間も多いというのに、いきなり模擬戦とはどういうことだろうか?


「『剣術』の授業は何組かに分かれて実施されているが、それでもこのグループだけで百人の生徒がいる。全員に指導はできないからな。指導する価値のある人間とそうでない奴に分けさせてもらう」


 オッドマンはニヤリと意地悪く笑って、他学科の生徒を侮蔑したように見やる。


「この模擬戦で負けた連中は学期末までランニングだけしかやらせない。真剣はもちろん、木剣も持つことは許さないからそのつもりでな」


 オッドマンが愉快そうに言うと、騎士科の生徒からも笑い声が上がった。


(ああ……なるほどな。そういうことか……)


 つまり、これは一種の洗礼なのである。

 騎士科の生徒にしてみれば、他学科の生徒が自分達の領分に踏み込んでくるのが面白くないようだ。

 騎士科の生徒と他学科の生徒の間で模擬戦をさせて、授業から締め出しているのだろう。


(魔法科の生徒の中には、モーリスのように魔法を使えない騎士を見下している人間もいる。騎士科の連中との間にはこういう軋轢があるんだろうな……)


「それじゃあ、名前を呼ばれた奴は前に出ろ……まずは騎士科のエドアルト、魔法科のモーリス・ルーイ」


「はい」


「ええっ!? 僕っ!?」


 騎士科の生徒が悠然と前に進み出て、モーリスが動揺の声を上げる。


「ほら、さっさと出てこい! 木剣を持ってそっちのフィールドに立て!」


 オッドマンに促されて、モーリスが渋々と前に出て木剣を取る。


「これは剣術の授業だから、もちろん魔法を使うのは許さない。だが、身体強化系統の魔法なら使っても良いぞ。騎士科の連中も使うからな」


 騎士といっても、魔法を全く使わないわけではない。

 あくまでも剣や槍をメインに戦っているだけで、補助的に魔法を使うことも多かった。


「よし、試合を始めるぞ。さっさと並んで剣を構えろ」


「へへっ」


「うう……」


 得意げな顔で剣を構えている騎士科の生徒に対して、モーリスは手にした木剣の先が小刻みに揺れている。

 よくよく見ると……モーリスと向かい合っている騎士科の生徒は、先ほど「剣術なんて魔法ができない人がやるお遊び」と言われて不快そうな顔をしていたうちの一人である。


「それじゃあ……始め!」


「オラアッ!」


 試合が開始されるや、騎士科の生徒が前に踏み出して剣を振った。木剣がモーリスの脛を強打する。


「痛ッ……!?」


 モーリスが痛みのあまりうずくまろうとするが、騎士科の生徒がその顔面を蹴り飛ばす。


「グハッ……」


「ハッ、何を固まってんだよ! テメエは練習用の木人形かあ!?」


「や、やめ……」


「やめるか、魔法しか取り柄のないモヤシが! 調子こいてんじゃねえぞ!」


「ガッ……グッ……」


 木剣がモーリスの腹や顔を何度も殴打する。

 顔を腫らしたモーリスが地面に倒れて、「ヒューヒュー」と奇妙な呼吸音を漏らす。


「はい、試合終了―。そっちで倒れてる奴をさっさと運び出せ」


 モーリスが動かなくなると、クツクツと意地悪そうに笑ったオッドマンがモーリスを回収するように指示を出した。


「おい、モーリス! 大丈夫か!」


「俺も手伝う!」


 レストとルイドが二人でモーリスを抱えて、グラウンドの端に連れていく。

 刃の付いていない木剣とはいえ、思いきり叩かれるともちろん痛いし、怪我だってする。

 モーリスの顔は腫れあがっており、身体にはいくつもの青あざが出来ていた。


「クソッ……騎士科の奴らめ、完全にやり過ぎだろうが!」


「【治癒】」


 ルイドが怒声を発して、拳を握りしめる。

 レストもまた不快そうに顔をしかめて、意識を失っているモーリスに治癒魔法をかけた。

 幸い、モーリスは骨折をしていないようだ。しかし、いくつも打撲があって、内出血もしている。


「……よほど魔法科の生徒が嫌いなんだろうな。無抵抗の素人にここまでやるなんて」


 魔法科と騎士科の間に因縁めいたものがあるとは聞いたことがあるが、それを目の当たりにした気分である。


「まったく……一方的にやられるだけとか、魔法使いってのは本当にダメだな。くだらん手品を覚えている暇があったら筋肉を鍛えろよ、筋肉を」


 嘆かわしそうに言うオッドマンであったが、口元にはずっと笑みを浮かべていた。

 魔法使いの中に騎士を見下している人間がいるように、騎士の中にも魔法使いを見下している人間がいる。

 オッドマンという教員はその代表格のようだ。


「次、騎士科のトラルガー。魔法科のトム・シャウト」


 クラスメイトがやられるのを見せつけられ、魔法科の生徒の大部分が恐怖に震えた。

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