第69話 剣術の授業を受けます
次の授業はローズマリー姉妹とは別行動である。
レストは『剣術』の授業を受けるために、騎士科のグラウンドを訪れていた。
レストは魔法科の生徒だったが、選択科目として他学科の授業も受けることができる。
『剣術』は騎士科の授業であったが、魔法科の生徒も比較的多く履修している授業だった。
「次は身体を動かす授業か……怪我のないように気をつけないとな」
「あー、ダリい……日の光が肌にしみるぜ……」
体操着に着替えたレストが校庭に出ると、友人になったばかりのクラスメイト……ルイド・ジスタルが気怠そうに肩を落とす。
「俺達は魔術師志望だろ? それなのに、どうしてチャンバラなんてしなくちゃいけないんだろうな……」
「そりゃあ、貴族の嗜みだからだろう?」
『剣術』を履修している魔法科の生徒……その多くは貴族の子弟や跡継ぎである。
貴族の男子たるもの、有事には領地と領民を守るために剣を振らなければいけない。
そんな古い考えが貴族社会にはまかり通っており、騎士科以外の生徒でも『剣術』を選択する者は多かった。
グラウンドには百人ほどの生徒が集まっているが、その半数が騎士科の生徒、もう半分は他学科の生徒である。
他学科の内訳は五割が魔法科、三割が文官科、二割が神官科。芸術科の生徒がほとんどいないのは、指を怪我すると活動に支障が出るからだろう。
魔法による治療で大抵の怪我は治るのだが……それでも、絵画や楽器の演奏などの微細な指先の動きを必要とする活動には影響が出ることもあるそうだ。
「全くですね……剣なんて習わなくても、後ろから魔法を撃てばそれで終わりでしょうに」
ルイドの後ろから別の男子生徒が忌々しそうに言った。
「君は……ルーイ君、だったかな?」
「モーリスで構いませんよ。ローズマリー家の婿養子候補のレスト君」
メガネの中縁を押し上げて言ったのはクラスメイトのモーリス・ルーイである。
モーリスはいかにも秀才そうな顔立ちをしているが、対照的に身体は細身で筋肉も少ない。運動が得意でないことは明白である。
「剣術なんて魔法ができない人がやるお遊びでしょう? そんなものが貴族の嗜みになっているだなんて、嘆かわしいことじゃないですか」
「おいおい……言葉が過ぎるぞ?」
レストが慌ててモーリスを窘めた。
モーリスの考え方は決してマイノリティなものではない。
魔法使いの中には、剣や槍といった武器を魔法ができない凡人が使う劣ったものとしてみなす者も多かった。
もちろん、騎士や戦士を目指す人間には受け入れがたい考えである。
事実、少し離れた場所にいる騎士科の生徒がジロリとモーリスを睨みつけていた。
「魔術師だって乱戦になれば、直接敵と戦うこともある。接近戦の備えはしておいて損はないと思うぞ?」
「へえ……魔法使いの名家の婿候補らしからぬ考えですね。まさか、剣が魔法よりも優れていると?」
「状況次第っていうわけのことさ。どっちも出来るに越したことはない」
そもそも、ローズマリー侯爵家の正当な血筋であるアイリーシュ・ローズマリーが素手でのケンカを得意としている。
元・宮廷魔術師であるディーブルも格闘術の使い手であり、魔法使いだからといって武術が必要ないわけではない。
「ふうん……そうですか。まあ、そういう考え方もありますね」
モーリスがつまらなそうに鼻を鳴らす。
どうやら、モーリスは魔法原理主義……魔法使いが他の人間よりも優れているという考え方の人間のようだ。
魔法科の生徒としてはある意味ではまっとうであり、それほど珍しくもないのだが。
「おっと、どうしたんだい。やけに険悪な空気じゃないか」
「ユーリ」
グラウンドにユーリ・カトレイアが現れた。
ユーリは太陽の日の下、ニッコニコの笑顔を浮かべている。
「か、カトレイアさん……」
ユーリが現れた途端、モーリスがカッと顔を赤くした。
ルイドが目を見開いて、レストは「あー……」苦々しく笑う。
ユーリもまた体操着に着替えていたのだが、どうやら、ワンサイズ小さかったらしい。
胸部を押し上げる大きな胸により、体操着の上着がまくれ上がって臍が見えてしまっている。
こうして薄着になってわかることだが……どうやら、着やせするタイプだったようだ。
(そういえば、前に水でびしょぬれになったときも良い身体をして……じゃなくて)
「どうした、ユーリ。やけにご機嫌じゃないか」
「それは上機嫌になるとも! これから待ちに待った剣術の授業だからね!」
ユーリが両手に握り拳を作って答える。
「私は昔から剣術を習いたかったんだけど……父の方針で習わせてもらえなかったんだ! だから、今日はすごく楽しみにしていたんだよ!」
「そうか……良かったな」
カトレイア侯爵家は騎士の名家である。
その令嬢らしきユーリがどうして家出をしているのか、改めて気になるところだ。
「モーリス君もせっかくだから頑張ってみようじゃないか。魔法科とか騎士科とか関係ないよ。やるからには全力さ!」
「う……ぐ……そ、そうですね……」
モーリスがユーリの体操着姿から視線をそらし、渋々といったふうに同意する。
「授業を始める! こちらに集まれ!」
教員が呼びかけてきた。
どうやら、授業開始の時間のようだ。
レスト達は小走りで走っていき、グラウンドの中央に集合したのだった。
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