第11話 ヴィオラ・ローズマリーは恋焦がれる


 結婚するなら、自分よりも強い人にする。

 それはローズマリー侯爵家の長女であるヴィオラ・ローズマリーが以前から決めていたことである。


「ハア……あの子、何者なのかしら……」


 ヴィオラは寝室のベッドの上に横になり、ぼんやりとつぶやいた。

 解いた金髪がベッドに広がっている。

 薄いネグリジェ姿のため、年齢以上に発育の良いスタイルが惜しげもなくさらされている。

 部屋に一人でいるのだから仕方がないが、とても無防備な格好である。


(レスト……レスト君……姓は名乗っていなかったけど、エベルン名誉子爵家の子供なのよね?)


 寝転がるヴィオラの脳裏に浮かぶのは、先日、自分と妹の命を助けてくれた少年の顔である。

 レストとだけ名乗った少年の顔が頭から離れない。

 あれから数日、何度となく思い出しては、口から溜息を吐いていた。


 ヴィオラの父親……ローズマリー侯爵は宮廷魔術師の長官をしている。

 宮廷魔術師は王家に仕える魔法使いのことであり、近衛騎士団と並ぶ王国の盾だった。

 侯爵家はそもそもが魔法使いの家系であり、優秀な魔法使いを何人も輩出してきたのだ。

 そんな家の長子として生まれ育ったヴィオラもまた幼少時から魔法を習っており、優秀な成績を収めてきた。


(私はいずれ、婿を迎えてローズマリー侯爵家を継ぐことになる。偉大なる魔法使いの家系であるローズマリー侯爵家を盛り立てていく)


 そのためにも、ヴィオラは自分よりも優れた魔法使いとしか結婚しないと決めていた。

 そんな折、父親の部下であるエベルン名誉子爵に優秀な息子がいるという話を聞いた。

 おまけに、その息子というのが自分と同い年。来年、王立学園を受験する予定であるとのこと。


 ちょうど良い相手だ。

 自分の婚約者候補として、どんな人物か会ってみよう。

 そう思って、妹と一緒にエベルン名誉子爵家を訪れたヴィオラであったが……実際に会って、すぐに失望した。

 エベルン名誉子爵家の嫡男であるセドリック・エベルンは傲慢で身勝手、自分本位な子供だったのだ。

 どれだけ甘やかされたらこんなふうに育つのだろう……当然のように自分以外の人間を見下しており、自分が世界の中心であることを疑っていないような少年だった。

 口を開けば、どれだけ自分が優れていたかという自慢話ばかり。

 ヴィオラやプリムラの顔や胸に目を向けてはデレデレと鼻の下を伸ばす。

 少しも尊敬できるところがなかった。


(魔法使いとしては優秀なのだろうけど……正直、これを夫にすると思ったらゾッとするわね)


 自分よりも強い魔法使いを夫にすると決めているヴィオラであったが、セドリックを夫にしたいとは少しも思えなかった。


 魔法の才能は確かにすごい。

 森に連れていかれて魔物を倒すところを見せつけられたが、ヴィオラよりも優れた魔法使いであると断言できる。

 だけど、それ以外の部分がまるでなっていない。

 セドリックが侯爵家に婿入りしてこようものなら、財産を食い潰されて家が衰退するのが目に見えている。


(ダメね、この男は。他を探しましょう)


 森に入って早々に、ヴィオラはセドリックに見切りをつけた。


(強い魔法使いであることは最低条件だけど、やっぱり人格も大切よね。いっそ身分は低くても良いから、魔法に長けた好青年はいないかしら?)


 そんな都合の良い人間が見つかるわけがない。

 そう思っていたヴィオラであったが……条件に合った男性が意外なほど早く見つかった。


『僕の名前はレストと言います。そこに転がっているセドリックの……一応、腹違いの弟です』


 ホワイトフェンリルに襲われた窮地を救ってくれたのは、セドリックの弟を名乗る少年だった。

 ボロボロの服を着てはいるものの、顔立ちは整っており、何よりヴィオラとプリムラに対する気遣いが感じられた。

 格好に似合わず紳士的な少年だ。初対面ではあるがとても好感が持てる。


 そして……その少年は強かった。

 ヴィオラよりも強いセドリック、それよりもさらに強かった。

 ホワイトフェンリルを吹き飛ばし、その攻撃を障壁によって受け止め。

 そして……身体から膨大な魔力を噴き出して、追い払ってみせた。


 圧倒的な才能。

 自分などとは隔絶した実力。

 それをまざまざと見せつけられた時、ヴィオラはもはや自分の伴侶となるのは彼以外にあり得ないと確信した。


(彼しかいない。夫にするのは、ローズマリー侯爵家の婿になるのは彼しかいない……!)


 レストと名乗った少年の子供をヴィオラが孕めば、生まれてくる子供は絶対に次世代最高の魔法使いになるだろう。

 それどころか、王国の歴史上稀に見るような賢者が生まれるかもしれない。


(プリムラも彼のことを気にしているようだけど……こればっかりは譲れないわね)


 ヴィオラにとって、プリムラは可愛い可愛い妹である。

 プリムラのためならば大切な宝石もドレスも与えても良いが、彼だけは譲れない。

 彼ほど、自分の伴侶に相応しい人間は二度と現れないから。


(正直、プリムラと争うのは気が進まないわね。いっそのこと、彼をプリムラとシェアすれば……って、私ってば何を考えているのかしら!?)


 ヴィオラがベッドに横になりながら、慌てて首を振る。


 レストを夫にするために、まずは彼を父親に認めてもらわなければいけない。

 命を助けてくれた御礼をしなければいけないし、彼を家に招くとしよう。


(お茶とお菓子も用意しないとね……レスト君、貴方はどんなお菓子が好きかしら?)


 ヴィオラは胸を躍らせて、レストをもてなす方法を考えるのであった。

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