第12話 プリムラ・ローズマリーは恋い慕う


「レスト様……今頃、何をしているのかしら?」


 ローズマリー侯爵家の一室にて、次女のプリムラ・ローズマリーが鏡を前に溜息を吐いた。


 鏡台の前に座ったプリムラの前にはいくつもの化粧品が並べられている。

 さらに、ベッドの上には何着もドレスが並べられていた。


(お化粧はしたことがないけど……レスト様のために、少しでも自分を彩らないと……)


 プリムラは侯爵家に生まれた双子の姉妹、その妹である。

 気が小さく、普段から姉の陰に隠れていることが多いのだが……その夜は珍しく化粧の練習をしていた。

 目的は屋敷に招いた少年……レストをもてなすためである。


 プリムラは物心ついた頃から、ずっと姉のヴィオラに対してコンプレックスを持っていた。

 ヴィオラは金色の髪をなびかせた美貌の持ち主であり、気が強く、魔法の才能にも優れている。

 そんな双子の姉はプリムラにとって憧れであると同時に、壁でもあった。


 姉がいる限り、自分は決して一番にはなれない。

 ずっと二番目のままだ。

 絶対に姉を越えることはできない。


 そんな意識が常について回っていた。


 実際には、そこまで自分を卑下することはなかっただろう。

 薔薇と百合のどちらが美しいかなんて、誰にも決める権利はない。

 プリムラにはヴィオラのような生命溢れる力強い美しさはなかったが、楚々としてたおやかな美しさを持ち合わせている。

 二人の両親だって、姉妹に明確な差をつけたことはない。

 プリムラが抱いているコンプレックスは、あくまでも彼女が勝手にかれているものだった。


 そんなふうに悩んでいたプリムラであったが、姉と一緒にエベルン名誉子爵家に招かれることになった。

 そこで紹介を受けた少年……セドリック・エベルンに対してプリムラが抱いたのは、とにかく不快感ばかりだった。


(私と姉さんの胸ばかり見ている……汚らわしい)


 双子の姉であるヴィオラは年齢以上に発育が良いが、実はプリムラの方が胸が大きい。

 そんな育った胸を不躾に見られて、プリムラはとにかくセドリックに対して苦手意識を感じた。

 嫌悪の感情は森を進むにつれて、大きくなっていく。

 本人は自分の強さをアピールしているつもりなのだろうが、魔物を容赦なく殺して死体を踏みつけ、笑っているセドリックはとにかく恐ろしかった。


(この人のことは絶対に好きになれません……一緒にいたくない)


 姉がいなければ、一目散に逃げていたことだろう。


(結婚するのなら優しい人が良い。お金持ちじゃなくていい、格好良くなくてもいい。私の気持ちを尊重してくれる思いやりのある人がいい……)


 そんなことを普段から考えているプリムラであったが、同世代の少年でその条件に合う男子はなかなか現れなかった。

 そもそも、プリムラの前に現れるのはほとんどが貴族の子弟。

 特権階級で生まれた子供はどうしても気が強くてプライドが高い人間が多い。

 全員がそうというわけではないが……プリムラが侯爵令嬢であることもあって、周りに集まってくるのは権力に引かれた人間ばかり。

 権力に興味がない人間の場合でも、私が侯爵令嬢ということに萎縮してしまって、自然体で接してはくれなかった。


『セドリックがやらかしちゃって、すまないね。もう心配いらないから大丈夫だよ』


 だが……その少年は唐突にプリムラの前に現れた。

 ホワイトフェンリルに襲われていたところを助けてくれたのは、穏やかで安らぐような瞳をした少年だった。

 セドリックの弟を名乗った彼……レストは兄が危ない目に遭わせたことを申し訳なさそうにしてはいたものの、ごく自然体でプリムラ達に接してくれた。


 おまけに、彼は怪我をしたホワイトフェンリルとその子供に治癒魔法を施して、命を奪うことなく逃がしてあげたのだ。


 プリムラとて宮廷魔術師の娘である。

 魔物がいかに危険な存在であり、人々の生活のために狩らなければいけないことは知っている。

 それでも、慈愛をもって姉妹を救い、慈悲をもってホワイトフェンリルを見逃した少年に対して強く惹かれてしまった。


(優しい人……とてもとても、優しい人。こんな人がこれから先も隣にいてくれたら、どれだけ穏やかに生きていけるだろう……)


 同世代であるにもかかわらず、自分よりもずっと大人の人と相手をしているような感覚。

 優しく、落ち着いていて、余裕があって、頼りがいもある。

 レストという少年はプリムラにとって理想の男性だったのだ。


(姉さんもレスト様のことを気にしているようだったけど……これだけは負けられない)


 ずっと強い姉の日陰で生きてきた。

 今度も引き下がってしまったら、自分は生涯日の当たらない場所で生きていくことになる気がする。


(いくら大好きな姉さんでも、レスト様を譲るなんて出来ない。絶対に……!)


 もしも叶わないのであれば、いっそのこと……。

 不穏なことを考えそうになって、プリムラはフルフルと首を横に振る。


「レスト様はどんなドレスが好きかしら……」


 化粧の練習を終えたプリムラは、夜遅くまで、初めて愛おしいと思った男性に見せるためのドレスを選ぶのであった。

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