第13話 侯爵家に招待されました
ローズマリー姉妹と出会って数日後。
昼下がり、レストは珍しく父親の執務室に呼び出された。
「おい……これはどういうことだ、出来損ない」
開口一番。
いきなり罵倒の言葉を浴びせられてしまった。
「何の話でしょう?」
「ローズマリー侯爵家から招待状が来ている。私やセドリックではなく、お前にだ」
父親……ルーカス・エベルンが不機嫌を
瞳を吊り上げ、視線で貫こうとせんばかりに睨みつけてきた。
「どこでローズマリー侯爵家の姉妹に会った? まさか、お前の素性を話したのではないだろうな?」
「……彼女達が屋敷に訪れた際に庭で話をしただけです。特に当たり障りのない会話しかしてはいませんが?」
「…………」
ルーカスが疑うような目を向けてくるが、レストには本当に言うべきことはない。
先日、姉妹が親交のために屋敷を訪れた際、セドリックが彼女達を森に連れ出した。
その結果、ホワイトフェンリルという強力な魔物に襲われてしまい、姉妹もあわや食い殺されるかもしれないという目に遭っていた。
森の外に出たところで彼らは保護されることになるのだが……当然のように、危険な場所に娘を連れて行ったことで侯爵家と揉めているようだ。
普段は息子に甘い父親もこのことには激怒しており、セドリックはいまだに謹慎を解かれていない。
「……貴様のような下賤が侯爵家の招待を受けるなど、本来であれば有り得ないことだ。しかし、侯爵家からの招待を断るわけにはいかない。たとえ先日の
「そうなんですか」
「まったく、どうして貴様のような庶民の血を引いた『魔力無し』が……」
ブツブツと小言を口にしているルーカスであったが、最終的には大きく溜息を吐いた。
「……くれぐれもローズマリー侯爵に無礼がないように。靴を舐めてでも媚びを売って、セドリックの失態を詫びてくるように」
父親の指示を受けて、レストは入浴することになった。
この屋敷にやってきてから初めての入浴である。
屋敷を抜け出して、森の泉で水浴びをしたことはあるが……まともな入浴は久しぶりだ。
おまけに……入浴を終えたら、転生してから一度も着たことがないような上等な服を着させられた。
馬小屋で暮らしている子供にするとは思えないような扱いだ。
よほど侯爵に負い目があるのか、それともレストを虐げていることを隠したいのか。
「こうやって見ると、俺も捨てたもんじゃないよな。まるで貴族みたいじゃないか」
鏡に映った自分の姿を見て、レストは苦笑する。
「みたい」じゃなくて貴族だった。馬糞の臭いに慣れ過ぎて忘れていた。
準備ができたら、エベルン名誉子爵家の馬車に乗せられてローズマリー侯爵家の屋敷に連れていかれる。
父や兄はついて来なかった。
もしかすると、招待状に「来るな」とでも書いてあったのかもしれない。
(僕が父や兄には知らせないで欲しいと頼んだから、気を遣ってくれたのかな?)
先日、ホワイトフェンリルから助けた姉妹とは森の入口で別れている。
セドリックと友人の男爵子息二人はずっと気を失っていたため、自分達がレストに助けられたことにすら気がついていないだろう。
しばらく馬車は走っていき、やがてローズマリー侯爵の屋敷に到着した。
「着いたよ。気をつけてな」
「ああ、ありがとうございます」
顔見知りの御者にお礼を言って、馬車から降りた。
そこにあったのは大きな大きな屋敷である。
エベルン名誉子爵家の家とは比べ物にならない。
所詮は
「いらっしゃい、レスト君!」
「いらっしゃいませ、レスト様!」
「わっ!」
馬車から降りるや、屋敷から二人の少女が駆け寄ってきた。
金髪の髪をポニーテールにした少女……ヴィオラ。
銀髪の髪を腰まで伸ばした少女……プリムラ。
森で助けたローズマリー侯爵家の姉妹である。
「待っていたわ、今日はわざわざ来てくれてありがとう!」
「本来であれば、こちらから御礼に
「え、ええ!? ちょ、ちょっと……!」
ヴィオラとプリムラがレストの両腕を掴んで、屋敷の方まで引きずっていく。
慌てて振り返ると、エベルン名誉子爵家の使用人である御者がギョッとした顔をしている。
しかし、すぐにレストから目を逸らして明後日の方を向き、口笛を吹く真似をする。どうやら……見なかったことにしたようだ。
(気持ちはわかる。こんなのあの父親に報告なんてできないもんな)
「それじゃあ、行きましょう」
二人に引っ張られて、ズンズンと進んでいく。
可愛い女子二人に腕を掴まれながら、レストの頭にあるのは困惑である。
(お、おかしい……僕は二人からそんなに好かれるようなことをしたっけ?)
確かに、命を助けた。
だけど、そもそもの原因を作ったのは腹違いの兄であるセドリックだ。
身内の尻拭いをしただけだというのに、ここまで好感触になるのはおかしくないだろうか?
「庭園でお茶の準備をしているのよ。こっちに来て頂戴」
「美味しいお菓子もありますよ。さあ、どうぞ」
首を傾げるレストをよそに、二人に引っ張られて庭に連れていかれた。
広々とした庭園には季節の花々が咲いており、鮮やかな色彩の花が目を楽しませる。
花壇くらいエベルン名誉子爵家にもあったが、あそこは嫌味なくらいにバラなどの高級な花ばかりを植えていた。
いかにも成り上がりの下級貴族といったふうであり、かえって下品な印象である。
「こちらのテーブルにどうぞ」
プリムラに促されて、庭園の真ん中に置かれた円形のテーブルにつかされる。
姉妹が左右に座ってきて、控えていたメイドが手早く紅茶とケーキを準備してくれる。
「ウチのメイド、とってもお茶を淹れるのが上手なのよ。こっちのケーキもシェフが腕によりをかけて作ったものなの」
「私と姉さんのお気に入りなんです。お口に合えば良いんですけど……」
「い、いただきます……」
やたらと二人との距離が近い。
困惑しつつ、ティーカップを手に取った。
芳醇な紅茶の香り。素人でも、これが高級品であるとわかる。
前世を含めて、ここまで香り立つ紅茶の匂いを嗅いだことがあっただろうか?
「…………」
口をつけて、出来るだけ味わいながら口内に流し込む。
正直、これが美味しいものなのかどうかはわからない。
貧乏舌というか、紅茶を飲み慣れていないせいだろう。
「どうですか?」
プリムラが不安そうに訊ねてきた。
ヴィオラもこちらをジッと見つめてくる。
どうリアクションするのが正解かわからなかったので、とりあえず、正直な感想を口に出す。
「紅茶はあまり飲んだことないからよくわからないけど……少なくとも、僕は嫌いじゃないよ」
「そうですか……良かった……」
「こっちのケーキも食べてみて。絶対に美味しいから」
今度はケーキを勧められた。
驚くべきことに、ヴィオラがフォークで一口サイズに切り分けて「あーん」をしてきた。
「じ、自分で食べられるけど……!」
「いいから、はい! あーん!」
「あ、あーん……」
遠慮がちに口を開けると、ケーキが口に中に突っ込まれた。
こんな状態で味がわかるものかと言いたいところだが、クリームがタップリ乗った苺のケーキはちゃんと美味しかった。
この世界に転生してから、まともな甘味を味わうのはこれが初めてかもしれない。
「美味しい……」
「あ、姉さん! ズルい!」
今度はプリムラがケーキを切り分け、レストに差し出してくる。
「私のも食べてください……あーん」
「……あーん」
真剣な様子のプリムラを拒めるわけもなく、レストは口を開けた。
甘い。やはり美味い。
「じゃあ、今度は私ね」
「だったら、私も」
姉妹が交互にケーキを食べさせてきた。
レストは混乱しながらも、拒絶もできずに差し出されたケーキを口にする。
たくさんのケーキを食べ終わった頃にはレストはすっかり胸焼けしており、親鳥に世話をしてもらう
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