第14話 侯爵様と会いました


 雛鳥のようにケーキを食べさせられ、茶会を楽しんだレストであったが……小さな茶会も終わりを迎えようとした頃に一人の男性が現れた。


「やあ、君がレスト君だね?」


 現れたのは片眼鏡モノクルをかけた中年男性だった。

 身なりが良く、嫌味にならない程度に高級そうなスーツに身を包んでいる。

 全身から気品のようなオーラが放たれており、一目で身分のある紳士であることがわかった。


「お父様……」


 ヴィオラが彼を父と呼んだ。

 どうやら、その人物が屋敷の主人であるローズマリー侯爵だったらしい。


「ああ、お邪魔しています。レストと申します……!」


 レストが慌てて椅子から立ち上がり、しっかりと頭を下げて挨拶をする。


「うんうん、キチンと挨拶ができて偉いね。兄君とは大違いだ」


「兄……セドリックのことですか?」


「ああ。彼とはエベルン名誉子爵から紹介があって話したことがあるんだが、目上の人間に頭も下げられない無礼な子供だったよ。子供のやることだし、父親から叱られていたから、多少はまともになっていると信じたかったのだがね」


「……兄が無礼をいたしました」


「いや、君に謝ってもらうことじゃないんだ。先日の森での一件は娘達から聞いているよ」


 ローズマリー侯爵が開いていた椅子に座る。

 メイドがすぐさま主人の分の紅茶を淹れて、テーブルに置いた。

 レストもローズマリー侯爵に促されて、再び椅子に腰かける。


「来年には同じ学園を受験することになるから娘と会わせて欲しいと頼まれて、仕方がなく会う時間を作ったのだが……まさか、護衛も無しに森に連れ出されるとは思わなかったよ。奴は魔法使いとしては優秀なのだが、どうにも息子のことになると目が曇るようだね。おかげで大切な愛娘を失うところだったよ」


「…………」


「ああ、そんなに申し訳なさそうな顔をしないでくれ。君が娘達を助けてくれたんだろう。父親として礼を言うよ、ありがとう」


 ローズマリー侯爵が頭を下げる。

 レストは慌てて、両手を振った。


「頭を上げてください! あれは身内が引き起こしたことですから、侯爵様に礼を言われるようなことはしていません!」


 あの一見はセドリックが全面的に悪い。

 侯爵に謝られると、かえって申し訳ない気持ちになる。


「いやいや、あの馬鹿……ではなく、セドリック君についていった娘にも非があるからね。こちらは謝礼だ。とっておいて欲しい」


 頭を上げたローズマリー侯爵が上質な布で編まれた袋をテーブルに置く。

 許可を取って中身を確認すると、白金貨が五枚も入っていた。


(白金貨……初めて見たな……)


 レストは思わずゴクリと唾を呑んだ。

 存在は知っていたが、庶民には一生目にする機会のない貨幣だ。

 白金貨の一枚当たりの価値は日本円で一千万円。

 つまり、この袋の中には五千万円もの大金が入っていることになる。


「……受け取れませんよ、こんな大金は」


 思わず手が出そうになるのを抑えて、レストは金の入った袋を遠ざける。


「娘さん達を助けたのは、あくまでも愚かな兄の尻拭いをしただけです。謝礼が欲しくてしたことではありません。コレを受けとる資格は僕にはありません」


 正直、金は欲しい。

 来年から成人して自立することを思えば、いくらあっても足りない程だ。

 しかし、それでも白金貨五枚は多い。

 この世界には銀行というものがないのだ。こんな大金持ち歩くことはできないし、馬小屋に置いておくのも不安がある。

 盗まれるか、あの父親に取り上げられることを思えば、素直に受け取ることはできなかった。


「フム……欲がないな。しかし、私としても受け取ってもらわねば困るんだよ」


 ローズマリー侯爵が穏やかな表情のまま、わずかに視線の圧を強くさせる。


「娘の恩人に対して何も報いることができなかったとなれば、侯爵家の名が落ちるからね。もしも金が要らないのであれば、他に叶えられることはないかい? こちらの顔を立てると思って、遠慮なくいって欲しいのだが」


「そう言われると……」


 メンツのことを出されると、首を横に振っているわけにもいかない。

 何か手頃な頼み事はないかと頭をひねると……ちょうど良く、やってもらいたいことがあった。


「あ……」


「おや、何かあったかな?」


「その……それでは、一つお願いしたいことがあるんですが……」


 レストは一拍置いてから、かねてから欲しかった物について口に出す。


「王立魔法学園の推薦状を書いていただけませんか? 来年、受験したいと思っているんです。平民枠で」


「フム? もちろん、推薦状を書くのは構わないが……平民枠かね?」


「ええ、父は僕のことを嫌っていて、エベルン名誉子爵家の人間として認めてくれませんから」


 父親の後ろ盾があれば貴族として受験することができるが、それが出来ないのであれば、社会的信用がある人間の推薦を受けて平民枠として受験するしかなかった。


「ああ……すまないが君の素性は調べさせてもらった。メイドが産んだ庶子だったね?」


「…………はい」


「それならば、エベルン名誉子爵が我が子と認めたがらない理由もわかるね」


「お父様! そんな言い方って……!」


「ないですよ! レスト様に責任はありません!」


 横で話を聞いていた姉妹が割って入ってくる。


「ああ、違う違う。彼を侮辱したつもりはないんだ。彼ならやりかねないと思っただけだよ」


 左右の娘から責められて、ローズマリー侯爵が慌てて取り繕う。


「エベルン名誉子爵は新興貴族だからね。領地を持っていない役職だけの貴族。彼のような成り上がりは貴族としての権威にやたらと拘るものなのさ。自分達だって平民に近いくせに、やたらと貴族であることに固執する。庶子を馬鹿にしたり、大貴族の血を取り入れようと躍起になったりするんだよ」


 ローズマリー侯爵がレストに向き直り、もう一度頭を下げた。


「君や君の母上を侮辱するつもりはなかった。言葉の選び方を間違えたのを許して欲しい」


「いえ、別に構いませんよ。メイドの子供なのは事実ですから」


「そうかい? それで、推薦状のことだけど……」


「「書いてあげて(ください)っ!」


「……娘達もこう言っていることだし、書かせてもらうよ」


 ローズマリー侯爵は微妙な顔をしながらも、推薦状を書いてくれることになった。


「ありがとうございます……助かります!」


 これで学園入学の条件は整った。

 もちろん、試験をクリアしなければいけないが、レストは魔法に関してセドリックを大きく引き離している。

 セドリックが受かるような試験なら、問題なく通ることができるはず。


「ただし……推薦状を書くよりも先に、君の力試させてもらえないかな?」


「え?」


「お父様、何を言ってるのよ!」


「そうですよ! 私と姉さんを助けてくれた御礼なんですよね!?」


 急に条件を付けたしてきたローズマリー侯爵に、娘二人が抗議をする。


「もちろん、御礼はしたい。だが……推薦状を書くということは、我がローズマリー侯爵家が君の後ろ盾になるということだ。もしも相応の実力を持たない者を推薦したら、当家の権威に傷がついてしまう」


「でも……」


「私には宮廷魔術師の長としての立場がある。実力も確かめずに、学園入学の推薦をすることはできないんだ。わかってくれるかな?」


「……ええ、とてもよくわかります」


 レストが頷いた。

 むしろ、娘の恩人だからと無条件で推薦するようでは、公私混同と受け取られてしまうだろう。


「わかりました。俺は何をしたらいいんですか?」


「何、簡単なことだ」


 ローズマリー侯爵が右手を上げると、老年の執事が進み出てきた。


「ここにいるのは私の腹心の部下で、魔法使いとしても優秀な男だ。君にはこれから、彼と戦ってもらいたい」


「戦う……ですか?」


「ああ。無理に勝つ必要はないよ。当家が推薦するに足るだけの力があると見せてくれれば十分だ」


「わかりました……やらせてください!」


 それで推薦状をもらって、栄光に至る一歩が踏み出せるのであれば安いものだ。

 宮廷魔術師筆頭であるローズマリー侯爵の執事。

 実力も相当なものだろうし、対人戦闘の良い経験にもなるだろう。


 レストはむしろ喜んで、侯爵の提案を受け入れたのだった。

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