第15話 ローズマリー親子はケンカする


 庭園から移動して、侯爵家の敷地内にある鍛錬場へ。

 円形の開けた場所にレストと執事が向かい合って立っており、親子三人は少し離れた場所で戦いを見守ろうとしている。


 向かい合っている一方はレスト。

 ヴィオラとプリムラ……ローズマリー姉妹にとっての命の恩人であり、淡い恋心を向けられつつある少年。


 もう一方はローズマリー侯爵家で働いている執事。

 ディーブルという名前のその男は魔法の達人であり、同時に戦士としても優秀な人間。

 侯爵家が保有している戦力の中でも、指折りの一人だった。


 これから二人が戦うことになるわけだが……どう考えても、執事が勝つに決まっている。

 レストはどれほど強くとも十五歳の少年であり、実戦経験も実力も劣っているのだから。


「お父様! どういうことですか!?」


「酷いです、お父様……!」


 ヴィオラとプリムラが父親を問い詰める。

 自分達の恩人である少年に無理難題を課したことに、酷く腹を立てているようだった。


「どうしてレスト君に意地悪をするのよ! 返答次第では許さないわよ!」


「許しません……たとえ、お父様でも……!」


「お、落ち着け。二人とも! ちゃんと理由は説明する!」


 愛する娘二人に詰め寄られて、ローズマリー侯爵家の当主にして宮廷魔術師長官であるはずのアルバート・ローズマリーはたじろいだ。

 娘に信頼されている父親(だと自分で思っている)アルバートにとって、娘からこんなに怒りの感情を向けられるのは初めての経験である。


「い、いいか。これは必要なことなのだ! 侯爵家の当主として、どうしても彼の力量を見定めなければならないのだよ!」


 かつてない怒りの形相になっている娘達に、アルバートが必死に弁明する。


 アルバートとしても、別に意地悪で模擬戦をさせているわけではない。

 これは本当に必要なことなのだ。

 そもそも、王立学園というのは王族、貴族、騎士、官僚などの国家の運営に携わるような人材を育成するための施設である。

 学園創設時には平民は入学することができなかったのだが、後に門扉が広げられて、有力者の推薦があるのであれば平民も入れるようになった。

 貴族の推薦を受けた場合、その人間は推薦した貴族の『家』の人間であると周囲にはみなされる。

 実際、アルバートも学生時代には同年齢の家臣に推薦を渡して、付き人として入学させていた。


「情の問題ではないのだ。彼が当家の推薦を受けるのであれば、それにふさわしい力を持っているところを見せてもらわなければならない」


 そう……決して、公私混同しているわけではない。

 娘二人がレストのことをやたらと気に入っているため、父親として嫉妬したわけでは断じてない。

 意地悪で模擬戦をするよう要求したわけではないのである。


「でも……!」


「ですが……!」


「別に勝たなければ推薦状を書かないなどとは言っていないだろう!? 彼が確実に学園に入学できるという保証が欲しいだけなのだ! ローズマリー侯爵家が推薦した者が試験に落ちたとなれば、我が家の権威が損なわれてしまう!」


 不満げな娘に、アルバートが強い口調で言い募る。


「そもそも、あの執事は我が家の臣下でも指折りの使い手。元・宮廷魔術師でありながら、引退して我が家に仕えてくれている男だ。いくら魔法が使えると言っても、子供に勝てるわけがない」


 負けるなと言っているわけではない。

 少しでも善戦してくれたら、アルバートは喜んでレストを推薦することだろう。


「彼がホワイトフェンリルを撃退できるほどの力があるというのであれば、心配はいらない。きっと相応の結果を……」


 言葉の途中で、ズドンと音が鳴った。

 驚いたアルバートが、ローズマリー姉妹が視線を向けると……彼らが信頼している執事が地面を転がっていた。


「グ……ウ……」


「これは俺の勝ちということで構いませんか?」


「まだ……です……主人の前でみっともないところを見せられませんので」


「だったら、続けましょうか」


「ええ、参ります……!」


 執事が勢いよく飛びかかり、レストがそれを迎え撃つ。

 激化していく二人の戦いをローズマリー親子は呆然と見つめる。


「馬鹿な……ディーブルが苦戦するなんて、あの少年は何者だ!?」


「やっぱり、強い……!」


「レスト様、すごい……!」


 ローズマリー親子は唖然として、激しい戦いを繰り広げる二人に見入っていた。


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