第16話 ベテラン執事と模擬戦をします

 レストが地面を蹴った。

【身体強化】によってパワーとスピードを底上げしながら、前後左右に飛びまわって相手を翻弄する。

 十歳の頃に名誉子爵家に引き取られてから、何度となく森に入って魔物と戦ってきた。

【身体強化】はもっとも使用してきた魔法の一つ、レストにとっては得意技と言っても過言ではないような魔法である。


(この人……強いな……!)


 ローズマリー侯爵家の執事と戦いながら、レストは内心で舌を巻いていた。

 戦いが始まってから、まだ三分と経っていない。

 初撃を叩きこんで吹き飛ばすことに成功したが……それはあくまでも相手が油断していたから、ラッキーパンチのようなものだと思っている。


「素晴らしい身体強化……まさか、二十にもなっていない若者がこれほどの精度で、この魔法を使えるとは……!」


 レストの拳をガードして、執事が称賛の言葉を贈ってくる。

 少なくとも六十歳を過ぎているであろう外見をしている執事であったが、その動きは鋭く、素早い。

 十代のレストと同じ速度で動いていた。


「驚くのはこっちですよ……こう見えても、スピードには自信があったんですけどね」


 レストが襲撃を放つ。

 頭部に向かって放たれたハイキックを、執事は姿勢を低くさせて回避する。


「私にも老兵の意地がありますので……それに、レスト殿はかなり魔力量が大きく、日常的に【身体強化】を使用しているようですが、対人戦闘の経験が乏しいのではないですか?」


「それは……」


「虚実を混ぜることのない大振りで正直な攻撃。正規の武術を習っておらず、魔物などと戦ってきた証拠です。もしも貴殿が武芸を嗜んでいたのであれば、私はとうに地に伏していたことでしょう」


「…………」


 痛いところを突いてくる。

 二人の戦いはレストの方が攻めているように見えるが、卓越した技量によって執事が攻撃をいなしていた。

 力量の差は歴然である。


(やっぱり、格闘技はしっかり習った方が良いのかな? セドリックの奴は特に勉強していないみたいだけど……)


 執事が鋭い手刀を放ってきた。

 思わず身構えてしまったところに、ローキックで左足を打たれる。

 弁慶の泣き所を痛打されて、レストは思わず呻き声を漏らしそうになってしまう。


「フェイント……そうか、こういうことか……!」


「おや? 大丈夫ですか?」


「も、問題ない……!」


 足がふらつく。折れてはいないと思うが、打撲くらいはしていそうだ。

【身体強化】を解くことなく、同時に【治癒】を発動させて足を回復させる。


「おや、器用ですな。二つの魔法を同時に発動できるんですね」


「で、できるとも……」


「若い魔法使いには出来ない方は多いんですよ。未熟な魔法使いほど、強い魔法を使えることにこだわっており、魔法の精度や同時発動を軽んじる者が多いですから。基礎をないがしろにする若者ばかりで嘆かわしいことです」


「だったら……こういうこともして良いかな?」


 傷を治したレストが別の魔法を発動させる。

 レストの掌に球体の雷が出現した。


「【雷球】」


「ほう……雷の魔法ですか」


 雷が執事に迫るが、手刀によって叩き落される。

 間違いなく雷に触れたようだが感電した様子はない。

 よくよく見てみれば、執事は腕を茶色い土によってコーディングしていた。


「こうして身体に魔法を纏わせるのも白兵戦では有効ですよ?」


「なるほど……勉強になるね!」


 再び、雷で攻撃する。

 その攻撃は防がれてしまうが、隙を突いて執事に飛びかかる。


「フンッ!」


「おおっ!?」


 執事が驚きの声を上げる。

 レストは腕に剣のように尖らせた土を纏っていた。先ほど、執事が見せたのと同じ魔法である。


「これは失礼。すでに修得していたのですね」


「さて、それはどうかな!」


「なるほど、なるほど」


 土で武装した腕をぶつけ合う。

 ガチンガチンと固いものがぶつかるような音が連続して響きわたる。


「ッ……!」


 何度か打ち合っているうちに、執事の拳がレストの肩に命中した。

 やはり殴り合いでは分が悪そうである。


「だったら……これはどうだ!」


「…………!」


 レストの周囲にいくつもの雷球が出現する。

 執事めがけて何発もの雷球が殺到した。


「喰らえ……!」


 もちろん、それで終わりではない。

 雷球を放ちながら、レストもまた土を纏った腕で執事を襲う。


「お見事、お見事……! 素晴らしい……!」


 雷球を土の腕で相殺しつつ、執事が心からの称賛を口にする。


【身体強化】

【雷球】

土装アースウェア


 三重奏トリオの魔法発動。

 レストは三種類の魔法を同時に発動させており、それを維持していた。

 魔力を制御する強い意思。繊細さ。そして膨大な魔力量がなければ不可能な芸当である。


「これは……本気を出さなければ負けてしまいますな!」


「ッ……!」


 レストが渾身の一撃を叩きこもうとした直前、執事の姿が消える。


「グッ……」


 直後、首の後ろを叩かれて脳が揺さぶられた。

 鋭い一撃に魔法が強制解除されて、意識が遠ざかる。


(負けた……何をされ……?)


 自分が何をされたのかもわからないまま、レストはその場に気絶したのであった。

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