第259話 婚約者が増えそうです
王都にあるローズマリー侯爵家のタウンハウスにて、レストが二人の美少女から尋問を受けていた。
「何というか……流石はセレスティーヌね。ここぞという時の覚悟が違うわ……」
「まだ婚約も成立していないのに入浴まで一緒にするなんて……恐ろしいです」
ヴィオラとプリムラに追及されて、レストは漁村で起こった出来事を残らず吐いてしまっていた。
残らずというか……その大部分はセレスティーヌと一緒に入浴をして、内々であるが婚約を仄めかされたことについてである。
ローズマリー姉妹は話を聞き終えると、姉妹で唇を尖らせて拗ねたような顔になった。
「えっと……お、怒ってる?」
「怒ってないわ」
「怒ってはいませんね」
怒ってないらしい。
不機嫌であるのは間違いなさそうだが。
「怒ってはいないけど……リードしていた分を一気に詰められた感覚はあるわね」
「セレスティーヌ様はあのローデル王子と婚約して、ずっと耐えていた方ですからね。やっぱり心が強いです」
「あー……二人とも、俺とセレスティーヌが婚約することを受け入れたって聞いたけど……」
「ええ、そうね」
「はい、了承しました」
レストの問いに、姉妹が同時に頷いた。
温泉ですでに姉妹の許可を取っていると聞いたが……どうやら、事実だったらしい。
「前にも話したかもしれないけど……お母様がレストに愛人を大量に押し付けようとしているのよね。それなら、友人であるセレスティーヌも取り込んじゃった方が良いかなって」
「私とお姉様、セレスティーヌ様が脇を固めていれば、後から来る愛人に出し抜かれることもありませんからね。ローズマリー侯爵家とクローバー伯爵家の繁栄にも繋がるはずです」
「そうか……」
レストが微妙な顔になる。
二人と同時に婚約していながら、レストはいまだに庶民の感覚が抜けていない。
二人のように、重婚や愛人を当然のこととして受け止められるほど、貴族にはなりきれていなかった。
「それに……セレスティーヌは友達だから。不幸になるのを見過ごしたくはないわ」
ヴィオラが溜息を吐き、どこか悲しそうな顔をする。
「クロッカス公爵家は王家にも連なる家。下級貴族にはとてもではないけれど、嫁ぐことはできない。家格と年齢の合う男性の大部分は結婚や婚約をしてしまっているし……レストが拒んでしまったら、一生独身かあまり良くない男性に嫁ぐことになるわ」
例えば……年齢が大きく過ぎている男性。
あるいは、同盟国であるガイゼル帝国の有力者である。
前者は論外だし、後者は今後の国際情勢の移り変わり次第では生贄になりかねない嫁ぎ先だ。
馬鹿王子の婚約者として苦しんできたセレスティーヌに、これ以上ろくでもない婚約はさせられない……それは彼女と親しい人間の総意だろう。
「アンドリュー第二王子は何故か嫌がっている様子だし、王太子殿下のお妃様は嫉妬深いことで有名。そうなると……やっぱり、レストが一番だと思うのよね」
「私もお姉様の意見と同じです。セレスティーヌ様には幸せになっていただきたいと思っています」
「そうか……」
つまり、外堀はすでに埋められているということだ。
残すところは内堀……つまり、レストの心の問題である。
(嫌っていうわけじゃないんだよな……そりゃあ、セレスティーヌ嬢は美人だし、性格も良いし。だからこそ、自分なんかで良いのかとは思うけど……)
「……善処します」
レストは懊悩しながらも、頷いていた。
セレスティーヌに幸福になってもらいたいのは、レストだって同じである。
今回の旅行の中でも、セレスティーヌがいかに有能で、レストに足りない部分を補ってくれるかを見せつけられていた。
「侯爵令嬢が二人に公爵令嬢が一人……とんでもなく出世しなくちゃいけないみたいだな……」
伯爵どころか……もっと上の地位に就かなくては、宝石のような美少女である彼女達にはふさわしくない。
レストは改めて、自分の立場が大きく動いていることを痛感する。
「三人で済んだらいいんだけどね……」
「そうですね……」
そんなレストに、ヴィオラとプリムラは顔を見合わせて苦笑いをしている。
「もう一人くらい、増えそうな気がするわ」
「そうですね……それも近いうちに」
「うん? どういうことかな?」
首を傾げるレストであったが……直後、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「やあ、みんな! 戻ったぞ!」
飛び込んできたのは見知った少女……クラスメイトの友人であるユーリ・カトレイアだった。
「か、カトレイア嬢。困ります……!」
「その恰好では……ああ、床が!」
そして、ユーリの背後からローズマリー侯爵家の使用人達が慌てた様子で付いてくる。
どうしたのかと疑問をいだいたのは一瞬だけ。すぐにその理由を理解させられた。
「ちょ……どうしたのよ、ユーリ! 血まみれじゃない!」
「ユーリ様!? お怪我でもされているんですか!?」
部屋に飛び込んできたユーリの服は血まみれだったのだ。
見たところ、彼女の身体に大きな怪我はないように見えるが……重傷者でないのなら、猟奇殺人の直後のような姿である。
「ちょっと、父と喧嘩をしてしまってね。ああ、心配はいらないよ。ちゃんと勝ったから」
「父って……まさか、カトレイア侯爵か!?」
騎士団長にして、王国最強の武人であるイルジャス・カトレイア侯爵。
まさか……あの卓越した武人と戦って、勝利したというのか。
「そういうわけだから……レスト!」
「は、はい?」
「私と結婚してくれ!」
「………………………………は?」
突然の告白。
レストは予想外の言葉に固まり、気の抜けた声を漏らす。
「ワクワク、ワクワク……!」
キラキラとした顔で詰め寄ってきて、告白の答えを待っているユーリ。
まるでクリスマスを待つ子供のような姿に、レストだけではなくヴィオラとプリムラまで一緒に言葉を失っていたのである。
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