第258話 悪代官の末路
悪徳領主がみっともなく逃げ出したことにより、この村を巡るいざこざは無事に幕を下ろした。
穏便に、誰一人として傷つくことなく問題が片付いたのである。
「……まあ、そんなわけはないんだけどな」
そう……そんなわけがない。
あんなことを仕出かしておいてお咎めなしで許されるほど、貴族社会は甘くない。
あれから、クロッカス公爵家の方から正式にあの悪徳領主のところにお咎めが入った。
そこには連名でローズマリー侯爵家、クローバー伯爵家からの抗議も付けられている。
王都の大貴族+1から領地経営と貴族のあり方について咎められ、レストとその家族を罰するうんぬんの発言について追及され……悪徳領主は顔を真っ青にしてぶっ倒れたとのことである。
その悪徳領主……名前はハビロウ男爵といって、村を三つほど領有しているだけの小領主らしいのだが、彼は選択を間違えたのだ。
もしも、レストが伯爵であると気がついた時点で平身低頭、土下座して謝罪をしていれば、ここまで大きな問題にはならなかっただろう。
不当に領民から搾取していたことについては違法ではあるものの、悲しいかな、似たようなことをしている領主は山ほどいる。
もちろん、全ての地方領主が不正をしているわけではないのだろうが……いちいち罰していてはキリがないので見逃されているというのが、中世ヨーロッパの封建社会であるこの世界の現状だった。
「問題にされているのは、領民への搾取じゃなくて俺に対する暴言の方なんだよな……男爵が伯爵に噛みついたらダメだろ……」
貴族社会において、爵位とは非常に重要な意味を持っている。
爵位は国王が定めた序列なのだ。それを翻すということは、王家に対する反抗とも受け取られる。
百歩譲って、圧倒的な経済力や軍事力を持っていたのであれば、上の爵位の人間をないがしろにしても許されるかもしれないが……名実ともに地方の小領主である男にそんな勝手が許されるわけがない。
今回の失態によるペナルティとして、あの漁村はクローバー伯爵家に割譲されることになった。
さらに、ハビロウ男爵家の領主も交代。息子に爵位を譲ることは許されず、遠縁の貴族の男子が継ぐことが決定した。
御家断絶にならなかったのは、レストが自分の身分を名乗っていなかったがための慈悲である。
突然の領主交代に対して、漁村に混乱はなかった。
領主とはいったものの……あの土地は大地主であるサナダ夫人の影響力の方がずっと強く、実質的な支配者は彼女だったらしい。
サナダ夫人からローデル第三王子を経て土地の権利を相続したレストが新たな領主になったとしても、領民にとってはさほど大きな変化はない。
むしろ、神仏のように崇めているレストが領主となったことを領民は手放しで喜び、ヤイヤヤイヤと連日のお祭り騒ぎとなっていた。
「まあ、色々とあったけど丸く収まったというわけさ。今回のような魔物の襲撃が無ければ自給自足できている村だし、俺が領主としてやることも少ないだろうね」
「なるほど……」
「わかりました……」
王都に戻ってきたレストの言い分を聞いて……婚約者の二人、ヴィオラ・ローズマリーとプリムラ・ローズマリーは神妙な顔で頷いた。
「わかったわ、レスト。でも……説明しなくてはいけないところはそこじゃないわよね?」
「レストさん、誤魔化さないでくださいな」
「えっと……な、ナンノコトカナ?」
「もちろん、決まっているじゃない」
二人は左右からずずいっとレストに詰め寄った。
「「セレスティーヌ(さん)と温泉に入ったこと(です)よ!」」
「ウッ……」
「「説明しなさい(してください)!」」
「…………」
そっくりな双子に尋問されて……レストは背筋にダラダラと汗をかいて困り果てたのであった。
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