第257話 悪代官を成敗します


「すみません、ちょっと良いですか?」


「あ?」


 レストが二人の間に割って入る。


「はく……」


 村長が声を上げようとするが、人差し指を口の前に立てて黙らせた。

 そして……改めて、領主の前に進み出る。


「失礼ですが、領主殿の言い分はおかしくありませんか?」


「誰だ、貴様は」


「近くの旅館に滞在している旅行客です」


 レストはあえて身分と名前を隠して、そんなふうに名乗る。


「フンッ……ただの旅行客が口出しをするな。無礼だぞ!」


 領主が鬱陶しそうに手を払う。まるで虫でも追い払うように。


(ああ、やっぱり俺も貴族だって気づいてないんだな)


 無理もないだろう。

 レストは旅館に宿泊した寝間着のまま、外に出てきたのだ。

 すでに完全武装の令嬢姿になっているセレスティーヌならばまだしも、今のレストを見て貴族だとは思うまい。

 後ろにいるセレスティーヌも周りにいる村人が壁になって、見えていないようだ。


「しかし、自分も無関係ではありません。シーサーペントを討伐したのは自分ですから」


「何だと……?」


 領主の目つきが変わり、値踏みするような疑わしげな瞳になる。


「もしかして、冒険者だったのか?」


「まあ、似たようなものです。魔物の討伐を仕事にしています」


 嘘ではない。

 伯爵になって以来、魔物退治ばかりやらされている。

 もはや、そっちが本業に近いような有様になっていた。


「シーサーペントの素材は自分の仲間が商人に売却して、買取金額を村の復興支援のために寄付しました。寄付金に対しては税金はかからないはずですけど」


「チッ……」


 領主が大きく舌打ちをした。

 しかし、高圧的な態度を改めることなく、ふんぞり返って口を開く。


「下賤な平民は知らぬことだと思うが……我らのような貴族には、時としてルールを超えた超法規的措置というものがある」


「ハア……どういう意味です?」


「王国の法よりも優先させるべきことがあるということだ」


 領主はレストを睨みつけて、フンフンと鼻息を荒くさせた。


「この村はな、元から大地主の意向によって他の領地よりも優遇した扱いを受けていたのだ。村人は本業を放り出してわけのわからぬ事業に協力させられ、それにより税収が減っていた。これまで特別扱いしてやったのだから、多少、多めに税を取り立てたとして何の問題がある?」


「…………」


「これはこの地を治める領主としての正当な判断である! よそ者が余計な口を挟むな!」


 黙って話に耳を傾けているレストの前に、領主の護衛らしき兵士達が立ちふさがる。


「これ以上、邪魔をするのであれば反逆者として捕縛する! 財産を没収して、家族を売り飛ばしてやるぞ!」


「すごいな……正直、かなり驚いた……」


 ここまで露骨な悪党が存在したのか。

 別に鎌をかけたというわけでもないのに、どんどん自分の悪事に付いてしゃべっている。

 グレー寄りのブラックというか、もはや真っ黒だ。


「ここまで自白してくれるのなら、もう良いか……」


「お話は聞かせていただきました」


 レストが目配せをすると……村人達の向こうから、セレスティーヌが進み出てきた。


「あ、貴女は……?」


 明らかに高貴な格好と雰囲気のセレスティーヌの登場に、ふんぞり返っていた領主が急に縮こまる。


「初めまして。そちらの御方に同行させていただいております、セレスティーヌ・クロッカスと申します」


「く、クロッカスうううッ!?」


 クロッカス公爵家。

 この国の誰もが知る名家中の名家。王家に次ぐ権力を持った筆頭貴族。


「こちらが証明になります。もしもお疑いでしたら、改めて父に身分を保証していただけるように書類を用意していただきますが?」


「グ……ヒ……」


 セレスティーヌが家紋入りの銀時計を取り出した。

 この世界には免許証もマイナンバーカードも存在しないため、貴族はこういった家紋入りの剣やアクセサリーで身分を証明するのだ。


「そ、そんな……いえ、ぶひゃ、どうして、クロッカス公爵家の令嬢が……」


 動揺のあまり、領主がおかしな鳴き声を口にしながら後ずさる。

 見る見るうちに青ざめ、脂汗を流し出す領主に、セレスティーヌが畳みかけた。


「ちなみに……こちらにいらっしゃるレストさんはクローバー伯爵家の当主でもあります。つまり、現役の伯爵ですね」


「は、はくしゃくふうひ……」


 この領主の爵位は男爵である。

 自分よりも遥かに上位の貴族に対して恫喝し、反逆者にするとまで言ってしまった。


「家族を売り飛ばすとも言ってましたよね。婚約者も家族に入るのでしょうか、ローズマリー侯爵家の令嬢なんですけど?」


「ろ、ろじゅ……こうしゃく……」


「超法規的措置と仰っていましたね。確かに、貴族は領地や領民を守るために法に背かねばならない場面があります。しかし……はたして、この場合に適用されるでしょうか。私は詳しくありませんから、法に詳しい父とその友人の法務大臣様に聞いてみましょうか?」


「は、はぶ、ぶひはふふふふっふふふっ……」


 もはや、領主の口から出る鳴き声は言葉になっていない。どこの珍獣だよと言いたくなる。


「よっ、よよよよよよよよよよっ、用事をおもひだひたのでしちゅれいしゅるうっ!」


 そして……謎のセリフを残して、全力疾走で漁村から立ち去ったのであった。

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