第256話 魔物は倒したが騒いでます

 村でやるべきことを一通り済ませたレストは、翌日、王都まで帰還することにした。


 成果は十分にあった。

 この漁村にやってきたことで、王太后……真田翔子の人となりがわかったような気がする。

 彼女は孫であるローデル・アイウッドの道を誤らせ、いくつもの火種をこの国にバラまいたものの……少なくとも、レストにとっては他人とは思えない相手だった。

 単純な悪人とは呼びたくはない。

 彼女のせいで迷惑を被った人間も多いのだが……レストくらいは、彼女のことを友と呼んで悼んでも良いだろう。


(この漁村も良いところだったし……今度はヴィオラとプリムラ、それにユーリも連れてこようかな……)


 また神様扱いされてしまいそうだが、きっと楽しい旅行になることだろう。

 温泉に突撃されてドギマギとする未来が見えるが……それもきっと、良い思い出として語り合えるはずだ。


 こうして、レストは様々な思いを胸にして漁村を後にしたのであった。


「貴族様、貴族様! ちょっと来てくださいな!」


 ……などとは問屋が卸さない。

 帰る当日、朝っぱらから旅館にレストを訊ねてきた人間がいた。

 それは最初にレストに助けを求めてきた少女である。


「何だよ……朝っぱらから……」


 レストは寝ぼけ眼を擦りながら、少女に応じる。


「む、村に怖い人がきたのっ! 村長さんのことを怒鳴りつけていて、みんな困ってるのっ!」


「怖い人……」


「どうされたんですか?」


 騒ぎを聞きつけたのか、セレスティーヌもやってくる。

 彼女はレストとは異なり、すでに朝の支度を済ませてキッチリとした服装をしている。


「揉め事でしょうか?」


「行ってみよう」


 レストはセレスティーヌを連れて、漁村の広場に向かった。

 広場に行くと、そこでは一人の男が声を張り上げている。


「ええい、だからさっさと金を払えと言っているだろうが!」


「いえ、ですからそのお金は寄付していただいたものでして……」


 騒ぎの中心にいるのは漁村の村長。そして……身なりの良さそうな服を着た男性である。

 恰幅が良く、髭を生やした中年男性だ。

 周りには護衛らしき兵士の姿もあって、おそらく貴族だろうと予想ができた。


「アレってもしかして……」


「おそらくですが……この土地を治めている領主ではないでしょうか」


 この村はとある男爵領の一部であり、当然ながら領主がいる。

 その領主はこの村が魔物による被害を受けていても、何もせずに静観していたそうなのだが。


「この村が魔物の素材によって多額の収入を得たことはわかっているのだ! さっさと税を支払わんか!」


「いえ……ですから、あの魔物は我々が獲ったものではないもので。漁で獲れた物ではありませんので、税はかからないはずですけど……」


「海で獲れた物なのだから、払ってもらうに決まっているだろうが! いいから、金を出せ!」


「うっわ……そういう話かよ……」


 あまり気分の良い話ではないようだ。

 領主らしき男性の目的はレストが村の復興のために寄付した、シーサーペントの売却金である。

 漁村であるこの村では、獲った魚を売った金には税がかかるらしい。

 寄付金だから税はかからないという村長と、いいから払えという領主が言い合いをしているようだった。


「あー……セレスティーヌ嬢、こういう場合はどうなるんだ?」


「農民への税は基本的に麦などの作物の収穫に対してかかりますが、漁業が盛んな村では例外的に魚の売却価格に対して税をかけることが認められています。しかし……シーサーペントは村人ではなくレスト様が獲ったものですから、税は基本的にかかりません」


 セレスティーヌがレストの疑問に答える。


「それでも、シーサーペントを受け取った村人が直接、商人に売却すれば税をかけられる余地がありますが……面倒事を避けるため、商人には私の名前で売却をしていたはずです。復興支援を目的にした寄付なので納税の余地はありません」


「つまり、グレーじゃなくて完全なブラックというわけだな」


 もしも法律に則った課税であるのなら、いかに伯爵であるレストであっても口出しする権利はない。

 ただ……法律に違反しているのであれば、話は別である。

 悪徳領主に虐げられている村人を見捨てるのは寝覚めが悪い。


「だったら、止めて問題ないよな?」


「ええ、どうぞ」


 セレスティーヌに太鼓判を押してもらい、レストは割って入るべく騒動の真ん中へと歩いていった。

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