第255話 崇められました

 シーサーペントを倒し、一角鮫を狩ったレストは旅館に戻って就寝した。

 翌日は朝から後始末。まずは養殖場の周りに作った逃亡避けの山を崩して、片付ける。

 大量の土は沖の方にいくつかに分けて捨ててきた。

 環境や生態系にどれほどの影響があるのかはわからないが……できるだけ細かく分けてきたので、大きな悪影響はないと信じたい。


 シーサーペントの死骸は、セレスティーヌが呼んでくれた商人が査定して買い取ってくれることになった。


「いやあ、これは素晴らしい。まさかシーサーペントを商品として買い取らせていただけるとは」


 クロッカス公爵家の御用達の商人はホクホク顔で揉み手をした。


「武器や薬の材料、美しい鱗は装飾品にもできそうですね。血や内臓が足りていないのは残念ですが……魔物の研究機関も欲しがるかもしれませんなあ」


「買取代金から食料などの物資を差し引いておいてください。差額分は村の復興費用にしますので、村の方々の希望を聞いたうえで物資として渡してください」


 セレスティーヌが商人に指示をする。

 直接、漁村の人々に金を渡すのは容易なことである。

 だが……金は人を悪い方向に変えるものだ。大金を渡せば、裕福になった村人が怠惰になり働くことをやめてしまうかもしれない。

 そのため、支援金を渡す場合には物にして贈るか、少額ずつ与えるのが定石なのだ。


「おお、小麦がこんなにたくさん!」


「ありがとうごぜえます、ありがとうごぜえます!」


「貴族様を歓待じゃあ! 今日も宴じゃあ!」


 食料が届いたことにより、村はまた湧き立っていた。

 少し前までは魔物の被害のせいで暗い雰囲気になっていたのだが、別物のように明るくなっている。

 レストとセレスティーヌがいる旅館では連日のように宴会が開かれた。

 この村にしては豪勢な料理が並べられ、酒を飲まされ、村人が床に擦りつけるように頭を下げて礼を言ってきた。


「何というか……この村の人達が祭り好きなだけのようなきがしてきたよ……」


 連日の宴に、レストが苦々しく笑った。

 色々と後片付けがあった村に滞在していたわけだが……最近では村人にひっきりなしに歓待されて、まるで神様のように崇められるようになってしまった。

 村の人達が幸せそうなのは結構だったが、少しだけ騒がしくて落ち着かない。


「皆さん、それだけレストさんに感謝しているということですよ。レストさんがシーサーペントを倒した日に『クローバー伯爵祭り』をすると話していましたし、レストさんの木像を彫ってまつるとまで話していました」


「勘弁してくれ……」


 いよいよ、本当に崇められるようになってしまった。まさに神様扱いだ。

 そういえば……日本にいた頃に呼んだ昔話に、やってきた旅人が村を栄えさせるという話があった。

 今のレストがまさにそんな旅人のポジションになっている。

 もしかすると……レストがこの村を救ったことが、何百年も先まで語り継がれてしまうのかもしれない。


「十分に魚料理も温泉も楽しませてもらったし……さっさと引き上げようか」


「はい。食料も十分に渡しましたし……もう、この漁村に手助けは必要ないでしょう。お酒の作り方などについては、後日、人をやって詳しく調べることにします」


 蒸留酒の作り方や養殖の方法など、この村にはダイヤの原石が埋まっている。

 セレスティーヌであれば、きっとそこから大きな利益を生み出すだろう。


「まあ、何かあったら手伝うから言ってくれ」


「はい。その時はどうぞ、よろしくお願いします。それと……婚約についてもちゃんと考えておいてくださいね?」


「…………」


 言い含めるように告げられて、レストは何とも言えない表情になる。

 セレスティーヌとの婚約が嫌だったわけではない。

 むしろ、逆だ。

 この村で過ごした数日間で、改めて彼女が自分にとって必要な人間だとわかってしまった。


「考えるよ……真面目に」


「はい、そうしてくださいませ」


「…………」


 たおやかな笑顔のセレスティーヌに、レストは深々と頷いたのであった。

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