第260話 ユーリ・カトレイアの求婚

 部屋に飛び込んできた血まみれのユーリ・カトレイア。

 登場も突然であったが、口から飛び出してきたセリフはさらに突然のもの。

 まさかの求婚であった。


「よし、ちょっと待て! 慌ててはいけない!」


 実は誰よりも混乱しまくっていたレストであったが……それでも、どうにか持ち前の根性によって精神状態を立て直す。


「まずは、ヴィオラとプリムラ。これは俺にとっても予想外の事態だからな? 俺の方から誘ったり口説いたりはしていないので誤解しないように!」


 いくら重婚オッケー、愛人オッケーというスタンスであるとはいえ……念のために言い含めておく。


「わ、わかったわ……」


「わかりました……」


 ヴィオラとプリムラも正気に戻って、レストの言葉に頷いてくれた。

 続いて、レストはユーリを追いかけてきた使用人達に声をかける。


「そして、後ろの執事さんとメイドさん。お風呂を沸かして、着替えも用意してやって欲しい。それから床と廊下の掃除もよろしくお願いします!」


「か、かしこまりました」


「すぐに準備をいたします……」


 彼らが下がっていったのを確認して……レストは「コホン」と咳払いをしてから、ユーリに向き直る。


「そして……ユーリ。話を聞かせてくれ」


「ああ、わかったぞ。結婚というのは男女が夫婦になって子供を……」


「うん、結婚の定義は聞いていないよ。そうだな……俺と別れてから今日までの経緯を時間に沿って聞かせてもらえるかな?」


 レストがユーリと最後に会ったのは、一緒にワームを討伐しに行った時のことだ。

 任務を達成してサブノック平原の東側から戻ってきて、そこで別れてそれきりとなっていた。

 別れた時には、そんな色恋沙汰の話はしていなかったはず。

 それなのに……どうして、急に結婚して欲しいとか、騎士団長を倒してきたとか言い出したのだろう。


「ああ、すまない。ちょっと話が飛んでしまったな」


「ちょっとではないな……かなり飛んでいるよ……」


「それじゃあ、説明しようか」


 ユーリが頷いて、妙に嬉しそうなニコニコ笑顔のまま胸を張る。


「レストと最後に会って、別れた時……私は思ったんだ。レストと結婚したいと」


「うん」


「だから、とりあえず父を蹴りに行ったんだ」


「……うん」


「そして、倒したから会いに来た。結婚してくれ」


「……………………うん?」


「ああ、良かった! 結婚してくれるんだな!」


「うん……いや、違う! そういう意味の『うん』じゃない!」


 いよいよ堪えられなくなって、レストは叫んだ。


「その説明じゃわからない! まずは、どうして俺のことを好きになったんだよ!」


「それはだな、落ちてきたところを助けてもらったり、一緒に授業を受けたり……それから同じベッドで眠ったりしてるうちに、君がいないと寂しい。ずっと一緒にいたいと考えるようになったんだ。これまで気がつかなかったが……私は君のことが好きらしい。結婚して子供を作ろう」


「よし、ありがとう!」


 とりあえず……御礼を言っておく。

 説明しろとは言ったものの、そこまでストレートに説明してくれるとは思わなかった。

 気恥ずかしさのあまり、床を転げまわってしまいたいほどである。


「まあ……何となくわかっていたわ」


「わかりやすかったですものね。ユーリ様」


 一方で、ヴィオラとプリムラは納得した様子で顔を見合わせている。

 レストとしても、ユーリが自分に好意的であることはわかっていた。

 知っての通りの天真爛漫。野生児なので、それが恋愛的な愛情であるかまではわからなかったが。


「それで……どうして、騎士団長を倒したんだ?」


「父は私が外に出ることも、男性と付き合うことも反対している。父がいる限り、絶対にレストとの結婚は認められないだろう」


「ま、まさか……殺したのか?」


 父がいる限り、結婚はできない。

 ならば……消えてもらった、殺したということだろうか。


「いや、生きているぞ。倒したけど死んではいない」


「ああ、良かった」


「父は両手両足が砕けていたし、首も百八十度ほど回っていたし、全身の血の半分近くが流れ出ていたが……仮にも私の父親だ。あれくらいで死にはしないだろう」


「いや、死んでないかそれは!?」


 どう考えても、致命傷である。

 普通の人間であれば死んでいることだろう。


「父は結婚を認めてはくれなかったが……強い者が正しいというのがカトレイア侯爵家のルールだ。敗北した以上、父に異論は言わせないぞ!」


「そ、そうか……」


「だから、結婚してくれ! 大丈夫だ、幸せにしてやるぞ!」


「…………」


 レストは途方に暮れたようにヴィオラとプリムラの方に目を向ける。

 二人とも困った様子をしていたが、どうにか溜息混じりに言葉を吐き出す。


「とりあえず……お風呂に入って、身体を洗いましょう……」


「私とお姉様も御一緒しますね……話を聞かせてもらいます」


「あ……!」


 二人がユーリを引きずるようにして、部屋から連れ出していく。

 女性陣がいなくなった部屋に取り残され……レストは嵐を乗り切った安堵から肩を落としたのである。

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