第261話 浴室の三女神

 ローズマリー侯爵家の浴室。

 公衆浴場のように広々としたそこに、三人の美少女の艶姿があった。

 浴室にいるのはこの屋敷の御令嬢であるヴィオラ・ローズマリーとプリムラ・ローズマリー。そして……血まみれでやってきた客人のユーリ・カトレイアである。

 三人は裸になって入浴をしている最中だった。


「それじゃあ……話を聞かせてもらえるかしら?」


 ヴィオラが代表して口を開いた。

 ツリ目がちな瞳をユーリに向けて、さらに深く事情を聞きだすべく追及する。


「えっと……すまない、悪かった」


 いつになく迫力がある友人の姿に、ユーリが叱られた子犬のように消沈する。

 今更になって、自分がとても不義理なことをしたと気がついたのだろう。


「すまない……父に勝利して興奮していたようだ。彼に結婚を申し込むよりも先に二人に筋を通すべきだったな。本当に申し訳ない、私はレストのことが好きになってしまったみたいだ」


 考えてもみれば……誠実さが欠けている。

 友人であるヴィオラとプリムラの婚約者であるレストのことを好きになってしまい、結婚を申し込んだのだから。


「だが……私にはレストしかいないのだ。妻でなく妾でも良いから、彼のそばに置かせてもらえないだろうか?」


「それは別にいいのよ」


「別にいいですよね」


 肩身が狭そうに湯に浸かっているユーリに、ローズマリー姉妹がフルフルと首を振る。


「ユーリがレストに好意を持っていることは知っていたわ。アレだけあからさまだったんだもの。当然よね」


「明らかに、他の男子と接し方が違っていましたよね……アレで好きじゃない方がおかしいですよ」


 ヴィオラとプリムラが顔を見合わせ、頷き合う。


 ユーリがレストのことを好いていることはわかっていた。

 そして……レストが複数の妻を娶るであろうことも、二人は受け入れている。

 問題はそこから先のことだった。


「私達は良いのよ……セレスティーヌがレストの妻になることは内定しているし、ユーリが加わっても別に」


「セレスティーヌもレストと結婚するのか? それは賑やかになりそうだなっ!」


「うん、ちょっと黙ってね」


「う……すまない……」


 ヴィオラに叱られて、再びユーリがシュンッと項垂れる。

 静かになったユーリにヴィオラが言葉を続けた。


「ただ……問題はユーリがそれで良いのかという話よ。もしもユーリがレストの妻になるのなら、それは側妻という扱いになっちゃうわよ?」


 レストはクローバー伯爵家の当主であると同時に、ローズマリー侯爵家も継ぐことになっていた。これは国王からも了承を得ている決定事項だ。

 当然、正妻となるのは姉妹のどちらか……おそらく、ヴィオラである。

 後になって嫁いできたユーリは側妻扱いとなってしまう。侯爵家の御令嬢が添え物のような扱いだなんて、普通はありえないことだった。


「セレスティーヌ様は納得しているみたいです。でも、それは他に手段がないからです」


 セレスティーヌは側妻であることを呑み込んだとしても、他に選択肢がない。

 レストよりも都合の良い相手はいない。

 軋轢が生じているガイゼル帝国に嫁ぐよりは、ずっとマシである。


「だけど……ユーリは違うでしょう? 貴女はカトレイア侯爵家の唯一の令嬢なんだから、結婚相手はいくらでもいるわ」


「不遇な立場にあえて陥るよりも、ユーリ様は他のお相手を探した方が幸せになれるかもしれません……」


 ヴィオラとプリムラがユーリを案じて、そんなことを主張する。

 王家の血を引く公爵令嬢という地位の高さゆえに、セレスティーヌには逆に釣り合う結婚相手がいない。魔獣サブノックを倒した英雄を取り込みたいという王家の意思がなければ、レストと結婚も難しかった。

 だが……ユーリであれば、どうにか丁度良い相手が見つかるはず。

 あえて、側妻という立場に甘んじる必要はなかった。


「貴女がレストと結婚したら、私よりもプリムラよりも下、公爵令嬢であり国王陛下の意向で嫁ぐセレスティーヌよりも下。四番目以下という扱いになってしまうけれど、本当にそれでも良いの……?」


「ああ、それはどうでも良いんだ。私は気にしない」


「気にしないって……」


「順番とか、私にとってはどうでも良いことだよ」


 わりと重めの話を振ったはずなのだが……ユーリは「そんなことか!」と言わんばかりに軽く答える。


「大切なのは好きな相手と添い遂げられることだろう? 私はレストと一緒にいられるのなら何番だって構わないし、二人やセレスティーヌと一緒ならばなおさらに楽しいぞ。むしろ、望んだことじゃないか」


「えっと……?」


「は、はあ……?」


「ああ、良かった。レストに勝手に告白したことを怒られるかと思った。二人と絶交するようなことにならなくて、本当に良かった!」


 そんなに軽い問題ではないようだが……ユーリは難しい話は終わったとばかりに、湯の中で身体を伸ばしている。


「これで私もレストの婚約者だな! そうだ……せっかくだし、今度セレスティーヌも入れて五人でお風呂に入ろうか?」


「う、うん……そうね」


「そう、ですね……」


「ああ、気持ちが良い。汗と血を流した後の入浴は最高だな!」


「「…………」」


 無邪気なユーリの様子に、ローズマリー姉妹はそろって溜息を吐いた。

 ユーリを心配しての忠告だったが……どうやら、余計なお世話だったようである。

 ユーリ・カトレイアはレストと結婚することになる。いずれ、二人とも家族になるだろう。


「まあ、良いわね……」


「はい、良いですよね……」


「あ、そうだ」


 自分を納得させる姉妹であったが……ふと、思い出したようにユーリが声を上げる。


「そういえば……ラベンダー辺境伯家の娘もレストのことを好きみたいだぞ? 本人から聞いたわけではないので、おそらくだけど」


「詳しく!」


「聞かせてくださいっ!」


「わあっ!」


 とんだ爆弾発言をしたユーリに、姉妹が詰め寄る。

 三人はそろって長湯をしてしまい、すっかり逆上せることになるのだった。

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