第262話 義父と息子の話し合い

「何というか……すごいことになっているな。君は」


「も、申し訳ございません……」


 三人娘が浴室で騒いでいる一方。

 義父であるアルバート・ローズマリーに呼び出されて、レストは執務室で小さくなっていた。

 目の前の机では、アルバートが両手を組んで座っている。

 背後の扉には執事のディーブルがまるで逃げ道をふさぐように立っている。

 とんでもなく、気まずい状況だった。原因不明の罪悪感が襲ってくる。


(い、いや……原因はハッキリとしているよな……)


 レストはアルバートの愛娘であるヴィオラとプリムラと婚約していた。

 侯爵家という名家の御令嬢二人を譲っていただく立場である。

 にもかかわらず……セレスティーヌと婚約することになりつつあり、ユーリにまで結婚を申し込まれてしまった。

 義父であるアルバートが面白く思っているわけがない。


「ウ、グ……」


「いや、別に怒っていないので楽にしたまえ」


 緊張しまくっているレストに、どこか複雑そうな顔でアルバートが言う。


「クロッカス公爵令嬢のことは君に断れるような話でないことは分かっている。そもそも、王家の意向による婚約だからな。あちらはヴィオラとプリムラのどちらかが正妻で良いと言っているし、譲歩された以上は断れまい」


「は、はあ……なるほど?」


「カトレイア侯爵令嬢については予想外のことだが……まあ、騎士団長にはこちらから確認しておく。妻はレスト君に大勢の妾を押し付けようとしていることだし、少なくとも私からは反対しない」


「ありがとうございます……?」


 御礼を言って良いのだろうか……わけもわからぬまま、レストは頭を下げておいた。


「えっと……奥様はどうして、そこまで俺に良くしてくれるのでしょう。自分の娘婿に愛人をあてがうとか、聞いたことがないですけど……」


「ああ……そうだろうな」


 アルバートが眉間に寄せたシワを指で揉みながら、悩ましそうに言う。


「アイリーシュは……その、この国の未来を憂いているのだ」


「く、国の未来とは……随分とスケールの大きい話ですね……」


「そうだろうな……だが、実際に問題は多くある。君だって知っているだろう……この国が内憂外患を抱えているのは」


 内憂外患。

 内憂とはローデル第三王子という暴君の存在。彼を支持している王太后派閥と呼ばれる存在達のことだ。

 外患は敵対勢力である北方の異民族。そして、一応は友好国でありながらも近年、きな臭くなっている東方のガイゼル帝国である。


「君の活躍もあって、内憂の方はどうにか片付きつつある。だが……外患は依然として、大きくなる一方だ」


「…………」


「まだ一部の人間にしか公表されていないが……北の異民族が怪しい動きを見せている。もしかすると、数年のうちに大規模な侵攻があるやもしれない」


「…………!」


 北方の異民族……『亜人』と呼ばれる彼らは、もう何年も鳴りを潜めているはずだった。それがここで動き出そうとしているのか。


「不幸中の幸いなのは……同じく怪しい動きをしている帝国も北方に意識が向かっていることか……」


「……また、戦争になるんですか」


「いや、すぐにというわけではなさそうだ。だからこそ、王家は君という戦力を繋ぎ留めておくためにクロッカス公爵令嬢を使おうとしているのだろう。サブノック平原の開拓を急いでいるのもそのためだ」


「…………」


「まるで堰き止められていた流れが一気に噴出したかのようだ。そのきっかけの一つは君なのだろうな」


「すみません……」


「謝ることではない。その代わり、君にはこれからも面倒をかけるがね」


 アルバートが憐れむようにレストのことを見やる。

 幸福と不幸はプラマイゼロだという話を聞いたことがあるが……レストは美貌の少女達を手に入れる対価として、とんだ荷物を背負いこんでしまったらしい。


「アイリーシュが君に妾を用意しているのも……まあ、そのあたりの都合だな。君が大勢の子供を作れば、未来の戦力強化につながると思っているのだろう」


「なるほど……」


 全てが納得できたというわけではないが……男女関係や結婚について、レストが口出しできる部分は無さそうである。


(いや……別に良いんだよ。ヴィオラとプリムラが良ければ。うん)


 本来であれば誰よりレストの男女関係が気になるはずの二人がそれで良いのなら、もはや何も言えない。

 レストはむしろ、幸運な立場なのだ。


(俺は運が良いんだ……貴族になって、美人のお嫁さんまでもらえる。それで何の文句があるのだよ……)


 自分を納得させるように言い聞かせつつ……レストはアルバートの執務室から出ていった。

 ちなみに……廊下に出てすぐにヴィオラとプリムラに捕まってしまい、ウルラ・ラベンダーについて尋問されるのだが、それはそれという話のようである。

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