第232話 王太后さまは女子高生

 簡単ななぞなぞを解いて箱を開いたレストであったが……気がつけば、日本のどこか田舎町のバス停にいた。

 バス停のベンチにはセーラー服姿の女子高生が座っており、ストローで何かジュースを飲みながら、こちらを見つめている。


「あなた、は……いや、それよりもここは……!?」


『そんなに驚かなくても大丈夫だって。ほら、ここ座る?』


 謎の女子高生がベンチの横をポンポンと叩く。


『飲みかけで良いのなら、コレもあげよっか? イチゴミルクだよん』


「そ、それは大丈夫だけど……え? 君はいったい……俺は日本に戻ってきたのか?」


『うーん、ちょっと違うかなー? まあ、長い話になるから本当に座りなよ。そんなところに突っ立っていられると、アタシも話しにくいからさ』


「…………」


 レストは困惑しながらも、ベンチにいる女子高生を観察する。

 半袖のセーラー服を着た少女である。おそらく、年齢は高校生くらい。

 パーマを当てていると思わしきウェーブを描いた髪を茶色に染めており、右手にはパックのイチゴミルクが握られている。


(魔法が使えない……!)


 少女を魔法で調べようとして……レストは自分の身体から魔力が消えていることに気がついた。

 無限の魔力が、尽きることのない源泉の気配が感じられない。魔法が使えなくなっている。


(結構、不味い状況かもしれないけど……選択肢はないか)


「…………」


 とりあえず……少女から敵意は感じられない。

 レストは警戒しながらも、少女の隣に腰かけた。


『はいはい、それでいーの。あなたの名前を教えてくれる?』


「…………」


『ああ、そっちから名乗れってサムライ的なこと言っちゃうの? 別にいいけどー?』


 レストが無言でいると、何がおかしいのか少女がケラケラと笑った。


『アタシの名前は真田翔子。見ての通り新鮮ピチピチの女子高生だよー?』


「……女子高生は自分のことをピチピチとか言わない」


 ツッコミながら……すぐに気がついた。


 サナダ・ショーコ。

 それは王太后がこの土地で名乗っていたという偽名ではなかったか。


『あ、しゃべれるんだ。ずっと黙っているから、もしかすると言葉話せない系の人かと思ったじゃん』


「さっき、しゃべってただろ……それよりも、ここはどこなんだ?」


『それを聞くよりもさあ、アタシに言わなくちゃいけないことあるんじゃね?』


「…………」


 真田翔子と名乗った少女が、レストの顔を意味ありげに覗き込んでくる。

 何のことだと聞き返そうとして、レストは言葉を詰まらせた。

 そういえば……まだ名乗っていなかった。アチラが名乗ったのだから、こちらも名乗らなくては失礼ではないか。


「俺は……○○○○」


 口に出してから、驚きに目を見開いた。

『レスト』と名乗ろうとしたはずなのに、声に出していたのは日本にいた頃の名前だったのだ。


『ああ、○○君ね。だったら、ウッピーとか呼んでいい?』


「…………嫌だ」


『それじゃあ、ウッピー。この場所のことなんだけどねー』


 レストの抗議を無視して、真田翔子と名乗った少女が勝手に話を進ませてしまう。


『ここはさあ、アタシの……フレデリカ・アイウッドの記憶の中だよん』


「記憶の中……?」


『ザンリューシネンって言うんだって。よく知らないけどさ』


 ザンリューシネン。残留思念か。

 つまり、目の前にいる真田翔子と名乗る少女は王太后であるフレデリカ・アイウッドの記憶や人格そのものだというのか。


「……王太后が日本からの転生者だとは思っていたけど、想像していたのと違うな」


 アイウッド王国において……王太后は良くも悪くも、歴史的な偉人である。

 多くの貴族を束ねて暴君を討ち滅ぼし、アイウッド王国を建て直した手腕は卓越しており、同時に馬鹿王子のローデルを育てた張本人。

 人望に溢れた聡明な女性、あるいは邪な企みを巡らせている悪の首魁のような人物を想像していた。


「北条政子とか、エリザベス女王みたいな人だと思ってたんだけどな……」


『アタシはフレデリカの前世の記憶を元にして作られたからねー。本物のアタシはもっとクールで大人な女だけど?』


「…………そうか」


『それで……あなたの方こそ、ここに何しに来たわけ? アタシのところに来れたってことは、別荘に入って箱を開けたのよね?』


 翔子が興味深そうにレストのことを見つめてきた。

 さほど広くなベンチの中で距離を詰めてこられたせいで、セーラー服の胸元からピンクのブラジャーと深めの谷間がチラ見する。


「ちょ……あんまり、近づかないでくれ」


『あなたのことも教えてよ。そしたら、アタシのことも話すからさ』


 翔子は悪戯っぽい笑顔を浮かべて、そんなことを言ってきた。

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