第189話 東に向かいます

 ウルラの依頼を受けることにしたレストは、ユーリと一緒に平原東側へと向かっていった。

 ラベンダー辺境伯家が用意してくれた馬車に乗り込み、湿地帯を避けて北側から回り込むようにして東に向かっていく。


「…………」


「…………」


「…………」


 移動中の馬車の中は、奇妙な沈黙によって包まれている。

 箱型の車内には向かい合わせになるようにして座席があるのだが、その一方にはウルラと従者の女性が座っていた。

 そして……その対面の座席に、向かい合わせになるようにしてレストとユーリが座っている。


「…………」


(……超見られているのだが、この視線の圧は何なんだ?)


 レストが居心地悪そうに身じろぎをした。

 真っ正面から、レストはウルラによって見つめられている。

 ウルラは何を話すでもなく、長い前髪のカーテン越しにレストを見ていた。

 前髪のせいで、その瞳を見ることはできないのだが……謎の眼力によって視線を向けられていることはハッキリとわかる。


「……ウルラ、俺に何か用なのか?」


「はふう」


「倒れた!?」


 コミュニケーションを試みるレストであったが……話しかけられたウルラが鼻血を噴いて座席の上で崩れ落ちた。

 隣にいる従者の女性がウルラの肩を支えて、治癒魔法をかけている。


「だ、大丈夫なのか?」


「大丈夫です。お嬢様はどうやら、過剰摂取による中毒症状を起こしたようです」


「か、過剰摂取……!?」


 従者の女性の説明を受けて、レストが怪訝な声を発する。

 いったい、何を過剰に摂取したというのだろう。

 ウルラが何かを食べたり飲んだりする様子はなかったのだが。


「ウルラは……もしかして、身体が弱いのか……?」


「……クローバー伯爵、貴方には心から感謝しております」


 疑問を口にするレストであったが、従者の女性は答えにならない言葉を返してくる。


「旦那様が行方不明となり、奥様も子供を置いて消えて……あの家にはお嬢様の身を案じてくれる家族が一人もいなくなりました。お嬢様の心は日に日に削ぎ落とされて感情を無くしていったのですが……この地に来てから、とても表情が豊かになりました」


「表情が豊かに……?」


 レストの目には、ウルラがほぼ無表情に見えるのだが。

 これで表情が豊かであるというのなら、普段のウルラはどれほど感情が乏しいというのだろう。


「おお、鹿の群れが走っているぞ……美味しそうだな、レスト」


 一方で、ユーリは馬車の窓から顔を出して和やかな声で話している。

 こちらはこちらでマイペース。

 遊びに行くわけではないというのに、とても楽しそうにしていた。


「今夜のおかずにちょっと狩ってこようか? 私なら、鹿を抱えてすぐに追いつけるぞ?」


「……やめておけ。馬車が血生臭くなる」


 レストが溜息を吐きながら、暢気な友人を窘めた。


「そんなことよりも……仕事の話をしよう。湿地帯にいるというワームは一匹で良いのか?」


「お嬢様、クローバー伯爵がそう聞いていますよ?」


「ですです」


「肯定だそうです。お嬢様の言うとおり……確認されているのは一匹だけです」


「…………」


 会話の二度手間である。

 最初から、従者の女性に説明してもらいたいのだが。


「ワーム……竜だから。でも……泥ある。つがい」


「竜は繁殖力が低いため、基本的には個人または少数で行動することが多いのです。ただし、ワームは湿地帯の泥の中を住処にしているため、もしかすると隠れているだけでつがいがいるかもしれません」


「結界……元気……」


「魔物避けの結界が張られていることにより、動きが活発化されているとのことです。警戒が必要ですね」


「ワーム……太い……強い、ですです」


「お嬢様……いかにテンションが上がっているとはいえ、淑女が殿方にそんな下ネタをいうものではありませんよ」


「下ネタだったのか!?」


 会話の間に下ネタを挟んでくるとか、意外と面白い子だというのだろうか?

 知れば知るほど、ウルラ・ラベンダーという少女の謎が深まっていく。

 興味深いといえなくもないのだが……深い深淵を覗き込んでいるような、謎の危機感が同時にあった。


「ああ、イノシシもいるな。せっかく肥えて美味しそうになっているのにもったいないな」


 そんな会話に加わることなく、ユーリだけがのんびりと外を見つめているのであった。

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