第59話 入学式ですが事件です
「新入生諸君。まずは入学おめでとう」
壇上に立った学園長が柔和な表情で口を開く。
「君達はアイウッド王国最大の教育機関である王立学園に入学した。これから多くの経験を積み、知識と力を身に着け、世に羽ばたいていくことじゃろう。どうか後悔せぬような学園生活を……というのは意外と難しいことではあるが、大人になって思い出して友と笑い合えるような青春を送ってもらいたい」
(後悔しないような学園生活か……確かに難しいよな)
簡単なように見えて、それが困難であることをレストは知っている。
前世において、レストは両親に恵まれない苦学生だった。
奨学金をもらうために必死になって勉強して、学費のためにアルバイトをして……そうまでして通った高校を十分に謳歌することもなく、学費のことで父親と揉めて刺されて死んでしまった。
恋人なんてもちろんいないし、部活にも入っていなかった。
友達と呼べる相手が何人いただろうか。
(せっかく生まれ変わったんだ……今度の学校生活では友達もたくさん作って、みんなで笑い合えるようなものにしたいものだね)
「それでは、ワシの話はここまでじゃ。皆、良い学園生活をな」
「学園長先生、ありがとうございました。続きまして、主席合格者による挨拶です」
学園長の挨拶が終わった。
次は入学試験で優秀な成績を収めた生徒からの挨拶のようだ。
初老の男性教師に促されて、壇上に五人の男女が現れる。魔法科、騎士科、文官科、神官科、芸術科それぞれの主席合格者である。
「それでは、まずは魔法科の主席合格者。セレスティーヌ・クロッカスさん」
「はい」
最初に前に進み出てきたのはプラチナの髪と紫色の瞳を持った美少女である。
(あれが筆頭貴族……クロッカス公爵家の令嬢か……)
名前は知っている。
才色兼備な令嬢として有名だった。
ローズマリー姉妹に勝るとも劣らない美貌の持ち主でありながら、優れた魔法の才覚と知能まで兼ね備えた完璧な美女。
天より全てを与えられた神の芸術品とまで呼ばれている女性だった。
「皆様、魔法科のセレスティーヌ・クロッカスと申します」
スカートの端をつまんで頭を下げてから、セレスティーヌが淀みのない口調で話し始める。
「栄えある魔法学園に入学させていただき、こうして主席合格者という過分な名誉を与えられて、とても嬉しく思っております。僭越ではございますが……学園では皆様の指針となることができるよう勉学を励ませていただきます」
(へえ……すごいな……)
入学生全員の視線を浴びながら堂々と語るセレスティーヌの姿に、レストは感心する。
十代半ばの少女が人前でここまで自信満々に話せるだなんて、少なくとも前世の自分には無理だった。
洗練された姿と話しぶりに、男女を問わずこの場にいる全ての人間が魅入ったようにセレスティーヌのことを見つめている。
(生まれ持った気品とカリスマの違いかな? ただ口を動かして話しているだけで目を引くんだから反則だよな)
「…………?」
誰もが壇上に立っているセレスティーヌに見蕩れている中、ふと不穏な気配を感じた。
レストはディーブルによる訓練により、つねに【気配察知】の魔法を発動させている。
その感知網に誰かが魔法を使おうとしている気配が引っかかったのだ。
(式典の最中に魔法だって!? 目的は……!?)
考えをまとめるよりも先に、何者かが魔法を発動させる。
レストもまた気配を頼りに迎撃のための魔法を使う。
(【
風の壁が空中に現れ、そこにビシャリと音を鳴らして泥の弾丸が炸裂する。床に大量の泥が散らばった。
何者かが使用したのは【
文字通り、対象に泥の弾丸をぶつけるという魔法だった。
「えっ?」
「何ですか!?」
左右でヴィオラとプリムラが声を上げる。
他の新入生も突然の出来事に驚いており、椅子から立ち上がっている者もいた。
(俺が魔法を使ったのはバレてないな……それにしても、さすがは学園長だな)
レストは壇上の端に立っている学園長に目を向けた。
レストが何者かが撃った魔法を風の壁で受け止めたが、同時に学園長も防御魔法を使っていた。
魔法の標的になった『彼女』の前には、透明の魔力のシールドがあり、レストが何もせずとも被害はなかっただろう。
「…………!」
魔法の標的になった女性……セレスティーヌ・クロッカスが壇上で大きく目を見開いている。
セレスティーヌもまた、自分が魔法で狙われていたことに気がついているのだろう。
挨拶の途中だというのに、言葉を止めて凍りついている。
(泥の弾……公爵令嬢に向かって、こんな悪戯みたいなことをいったい誰が……?)
「皆さん、静粛に! 式典の最中ですよ。静粛に!」
ざわつき出した新入生に、司会進行役の教員が声を張り上げる。
「…………チッ」
そんな彼らを尻目に、レストの数列後ろに座っていた新入生が小さく舌打ちをしたのであった。
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