第58話 胸を張って歩きます


 馬車は走っていき、入学試験の時にも訪れた王立学園に一ヵ月ぶりに到着した。

 レストは先に外に出て、ヴィオラとプリムラに手を差し出して馬車から降ろす。

 学園の校門前には制服姿の男女が大勢歩いており、校門横に植えられた桜とよく似た木が白い花弁を落としている。


「アレって……ローズマリー侯爵家の?」


「ああ、噂の美人姉妹だよ」


「一緒にいる男は誰だ? 従者か?」


 馬車から降りたローズマリー姉妹を見て、校門にいた生徒達からざわめきが生じた。

 彼らはヴィオラとプリムラに見蕩れるような溜息を吐いてから、隣のレストに怪訝な目を向ける。


「もしかして、恋人とか?」


「あり得ないだろ。たぶん、召使いか護衛だよ」


(あー……やっぱり場違いだよな。うん)


 ヒソヒソと話している生徒達の声に内心で同意した。

 自分が姉妹と釣り合っていないのは百も承知。高貴な出自の姉妹と、養殖貴族と平民の子供であるレストでは、生まれ持った空気が違うのだから。


「さあ、行きましょう」


「エスコートをお願いしますね」


「おっと……」


 しかし、そんな周囲の声に構うことなくヴィオラとプリムラが左右の腕に掴まってきた。

 レストは左右の腕を姉妹と組んで歩くことになってしまう。


「なっ……!」


「う、嘘だろ……?」


 周囲のざわめきが大きくなる。

 この距離は従者や護衛ではあり得ない。親子兄弟か、さもなければ婚約者でもないとできない親密さだった。


「胸を張りなさい、レスト。貴方は私達の婚約者なんだからね!」


「私達に恥をかかせないでくださいね、レスト様?」


「…………!」


 姉妹に小声でささやかれて、レストはハッと目を見開いた。

 レストが気後れして背中を丸めて歩いていれば、婚約者である二人に恥をかかせてしまうことになる。


(いけない……俺がしっかりと、周りに馬鹿にされないように堂々としないと……!)


 勝手に劣等感を抱いて二人に遠慮させるなど、あって良いことではない。

 レストは大きく息を吸って吐き、ビシリと背中を伸ばした。

 そして……両腕を姉妹に掴まらせてエスコートをしつつ、堂々と校舎に向かって歩いていく。


『コイツら、俺の女だけど何か?』


「うっ……」


 態度で見せつけるような堂々たる姿を見て、先ほどまでレストを下に見ていたギャラリーが道を開ける。

 三人は悠々たる仕草で出来た道を通っていき、入学式が開かれる講堂へと向かっていった。


「良いじゃない、レスト。その調子よ」


「とても格好良いですよ。レスト様」


 二人が周りに聞こえないよう、小声で褒めてくれた。


「正直……不慣れ過ぎて場違い感がすごいけどな……」


「貴族の威厳なんてしょせんはファッションよ。自分が周りから偉そうに見られて当然だと思っていれば、自然と身に着くわ」


「レスト様は私達の婚約者なんですから、もっともっと自信を持って良いんですよ。その調子で胸を張っていきましょう」


「…………わかった」


 レストは左右に姉妹を引きつれた状態で講堂に移動する。

 講堂にはすでにたくさんの椅子が並べられていた。

 特にどこの席とは決まっていないようなので、中央から入口よりの席に三人で並んで座る。


「これから入学式か……」


「ええ、学園長のお話、それと入学生のうち主席合格者が代表して挨拶をするらしいわ」


「魔法科の主席はクロッカス公爵家の令嬢だそうですよ」


 クロッカス公爵家の名前はレストも知っていた。

 侯爵家に婿入りするための教育の一環として、主な貴族については学んでいる。

 クロッカス公爵は現在の宰相であり、王の側近中の側近。政治の頂点に君臨している大貴族だった。

 宮廷魔術師の長官であるローズマリー侯爵や、騎士団長であるカトレイア侯爵よりも立場は上。王族以外に対等に口を利けない筆頭貴族である。


 やがて講堂に置かれた椅子が埋まっていき、入学式の時間になった。

 講堂の奥にある壇上にスーツ姿の初老男性が現れ、魔法で拡張した声を発する。


「皆さん、静粛に! これより第六十五回、王立学園入学式を開催いたします!」


 教員らしき男性の声に、講堂を包んでいたざわめきが消える。

 会話をしていたレストと姉妹も口を閉じて、壇上に目を向ける。


「それでは、学園長からの挨拶です。一同、起立!」


 入学生全員が立ち上がる。

 初老の教員に促され、壇上に学園長であるヴェルロイド・ハーンが厳かな様子で現れた。

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