第57話 入学式の当日です


 そして、いよいよ王立学園に入学する日がやってきた。

 レストはヴィオラとプリムラと同じ馬車に乗って、学園へと向かっていく。

 レストが座席の一方に座り、向かい合うようにして姉妹が座っている。

 三人とも学園指定のブレザーに身を包んでおり、いつもと違った新鮮な姿だった。


「今日からレストと同じ学校に通えるなんて、夢みたいね」


「別に珍しいことじゃないだろ。そもそも、同じ家で暮らしているわけだし」


 ウキウキと声を弾ませているヴィオラにレストが苦笑する。

 同じ屋敷で寝泊まりしていて、ほとんど四六時中一緒にいるのに、今さらな話だった。


「こういうのは気分の問題ですよ、レスト様」


 プリムラが姉に追従する。

 ヴィオラほど露骨ではないものの、プリムラもどことなくウキウキとしている様子があった。


「そういうものかな? ちょっとよくわからないけど……」


「男の人ってこうだから困るわね」


「姉さんの言う通りです。それよりも……レストさん、私達に何か言うことはありませんか?」


「あるわよね、レスト?」


 ヴィオラとプリムラが軽く手を広げて、自分達の姿を見せつけるようにする。

 二人は白いシャツにブレザーの上下、首にはリボンを付けていた。

 レストは小さく溜息を吐いてから、彼女達が求める言葉を口から出す。


「とてもよく似合っている。二人とも可愛いよ」


「はい、よくできました」


「嬉しいです。レストさんも似合ってますよ」


「……試着した時にもちゃんと言ったはずだよね? 何回、このやり取りをするのかな?」


 姉妹の制服姿を見るのは初めてではない。

 何度か試しに着ており、そのたびに感想を求められていた。


「これも気分の問題よ。好きな人には何度だって褒められたいじゃない!」


「姉さんの言う通りです。いくら言われても飽きることはないんですよ」


「そういうものなのか……」


「「そういうものよ(です)!」」


 姉妹が断言する。

 前世で女子と付き合った経験はないが……そういうもののようである。


 ともあれ……二人の制服姿がとても可愛らしいというのは、お世辞ではなく本当のことである。

 ブレザーの制服はまるで二人のためにデザインしたかのように似合っており、二人の愛らしさを引き立てていた。


(制服姿の女子……前世では珍しい物じゃなかったんだけどな……)


 一緒に過ごした時間が長いからか、それとも……彼女達が名実ともに自分の婚約者だからなのか。

 その制服姿は新鮮で、大袈裟な話だが目に焼き付くように印象的に感じられた。


(それに比べて、俺の制服姿ときたら……)


 レストは苦笑いをしつつ、自分の首から下を見下ろした。

 男子用の制服。リボンがネクタイに代わっており、スカートがズボンになっているだけでよく似たデザインだが……どうにも、制服に着られている感覚がぬぐえない。

 元々が卑しい生まれだからだろうか、立派な服を着ると妙に違和感があった。


(平民として暮らしていた時間が長いからな……いまだに高い服は着なれないな)


「どうしたの、レスト?」


「いや……別に何でもないよ」


「ふうん? それにしても……レストって、結構背が伸びたわよね」


 ヴィオラが思い出したように言う。

 姉の言葉を聞いて、プリムラも両手を合わせる。


「あ、私も思ってました! 屋敷に来た時よりも、十センチは伸びてますよね?」


「そうかな? 自分では気がつかないけど……?」


 そういえば、ズボンの丈が合わなくなって何着か買い替えていた。

 エベルン名誉子爵家の屋敷では、十分な食事を与えてもらえなかったことが原因だろうか……ローズマリー侯爵家にやってきてから一年で、レストの身体は大いに成長していた。

 背が伸びて、痩せていた身体もしっかりと筋肉質になっている。姉妹との身長差も大きくなっている。


「もしかすると、まだまだ伸びるかもしれないわね。ちょっとだけ悔しいわ」


「お姉様、男性はエスコートする女性よりも少し高いくらいが丁度いいんです。ヒールを履いた時に困りますからね」


「あ、なるほど! 言われて見ればそうね! ヒールを履いて私達の方が大きくなっちゃったら、恥をかかせてしまうわね!」


 姉妹が何やら盛り上がっている。

 何となく入りづらい話題だ。レストはさりげなく窓の外に視線を向けた。


「…………ん?」


 馬車の窓から外に目を向けると……奇妙な光景が目に入った。

 ローズマリー侯爵家の馬車の横を一人の少女が疾走していき、それを鎧姿の騎士が追いかけているのだ。

 見覚えのある少女は姉妹が着ているのと同じ制服を着ており、馬を駆る騎士を置き去りにして王都の街を駆け抜けていった。


「…………」


「どうかしましたか、レスト様?」


「いや……何でもない」


 どうやら、『彼女』も試験に合格できたようである。

 レストはこれからの学園生活が騒々しいものになることを予期して、途方に暮れた様子で晴れた空を見上げるのであった。

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