第42話 馬鹿にされたが結果は残す


 ユーリ・カトレイアが全ての受験生の度肝どぎもを抜いてからも、試験は続いていく。

 的を新しい物に取り換えて、受験生が順番に魔法を放つ。

 すでに七割が試験を終えており、徐々にレストの順番も近づいてきた。


「次は……セロリック・ブルート君」


「はい」


 レストの後ろから声が聞こえて、続いて「ドンッ」と背中を突き飛ばされた。


「うっ……!」


「邪魔だ。道を開けろ、平民が!」


 レストを突き飛ばしたのはやけに身なりの良い少年だった。

 家名を名乗っていたことだし、もしかして貴族なのだろうか?


「僕はブルート伯爵家の分家の人間だぞ! 僕の道をさえぎるんじゃない!」


(あ、つまり平民なのか)


 古い貴族の中には本家から派生した分家を持っている家系がある。

 分家は本家と同じ家名を名乗ることが多いが、本家とは違って爵位も領地も持っていないので、法律上は立派な平民だった。


(同じ平民だってのに偉そうなことだ……名前もアレ・・に似ているし、ろくでもなさそうな奴だな……)


 心の中でセロリックという兄と似た名前を持つ少年に呆れながら、レストは大人しく道を開けた。

 まだ試験も途中だというのに、余計なトラブルを起こすつもりはない。


「フンッ!」


 セロリ少年は鼻で笑って、ラインの前に進み出た。


「見ていろ、平民共。栄えあるブルート伯爵家の血を引いた僕の華麗な魔法を! 【雷砲サンダーボルト】!」


 セロリ少年が放ったのは雷属性の中級魔法。

 激しく明滅する雷撃が的にぶつかった。

 偉そうなことを口にするだけあって、それなりに強力な魔法である。

 的の上に表示された点数は『98』。ユーリに続いて、これまでで二位の点数だった。


「フンッ! こんなものだな!」


 セロリ少年が傲慢そうに笑い、鼻高々と胸を張った。

 ズンズンと偉そうに肩で風を切り、後方へ戻ってくる。


「次は……王都在住のレスト君」


「はい」


 ようやく、レストの番がやってきた。

 ライン前に向かっていくが……後ろから鼻にかかったような声が聞こえてくる。


「ハハッ! あんなみすぼらしい平民に何が出来るんだか!」


「…………」


 声の主は先ほどのセロリ少年だった。

 いったい、レストの何が気に入らないのだろう。


(アイツ、もしかしてセドリックのクローンとかじゃないのか? メチャクチャ、絡んでくるじゃないか……)


 呆れながらも、レストは気を取り直してライン前に立った。


「いきます」


 レストは一度だけ深呼吸をして、魔法を発動させる。


「【火球】」


 レストの前方に火球が発生した。

 いつも使っている火属性の下級魔法である。


「ハハッ! あんなので何が出来るんだよ!」


 受験生の中から、揶揄するような声が聞こえてきた。

 誰が発した声かなんて言うまでもないことである。


(笑ってろよ……すぐに笑えなくしてやる)


「【増幅】」


 レストは魔法の威力を強化する魔法を並行発動。

 火球が大きくなっていき、やがて人間の身長を超えるサイズになった。


「なっ……!」


「スゲエ、なんてデカさだ!」


 他の受験生から驚きの声を上げる。

 確認していないが、きっとセロリ少年も唖然としていることだろう。


(だけど……これで終わりじゃないぞ)


「【圧縮コンプレッション】」


 巨大化させた火球を小さく圧縮させた。

 周りで見ている人間の大多数には何が起こっているかわからないだろうが、炎を圧縮させたことで威力が増大している。


(この魔法が火球などの魔法に対しても有効なのは実証済み。そして、極めつけは……!)


「【加速】」


 物体の速度を上昇させる魔法。

 自分自身のスピードを上げることに使うことが多いが、これもまた魔法攻撃に応用できる。

 四重奏カルテットによって極限まで強化させた一撃を的に向けて撃ち放つ。


発射ファイア……!」


 加速され、貫通力が増した火球が空中を駆け抜ける。

 音速にも近い速度で飛んでいった火球が狙い通りに命中、的の中央に命中して大爆発を起こした。


「なっ……!」


「スゲエ……なんて威力だ……!」


「う、嘘だろ……あんな平民野郎に……」


 爆炎が消えた後、そこにあったのはバラバラになった的の残骸。

 完全に壊れてしまった的であったが、そこには威力を示す数字だけが残されている。

 その数字は……『387』。文句なしに本試験の最高得点だった。


「【加速】は必要なかったかな? 無駄に速度を付けなくても十分に合格点だったみたいだ」


「嘘だ! 下級魔法であんな威力が出るわけがない! 不正をしたに決まっている!」


 勝利の余韻に浸る暇もなく、受験生の中から抗議の声が上がる。

 やっぱりというか、セロリ少年だった。


「不正だ! 無効だ! 僕がこんな平民なんかに負けるわけがない!」


「黙りなさい、そこの君」


 激しく抗議するセロリ少年だったが、試験監督の学園長が叱りつける。


「魔法は圧縮するほどに強くなる。下級魔法であっても、他の魔法で強化すれば上級魔法を超える威力を出すことができるのじゃ。ましてや四重奏での魔法発動……宮廷魔術師でも使える人間は五人といまい。見事なものじゃ」


「あ……う……」


「自分よりも優れた他者を貶めるよりも、見習い、学びとするようにしなさい。それが君自身のためになるじゃろう」


「…………」


 セロリ少年が悔しそうに黙り込む。

 どうやら、有効なものとして認められたらしい。


「やりましたよ……ディーブル先生」


 レストは会心の試験結果に、安堵から胸を撫で下ろすのであった。

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