第41話 実技試験が始まりましたが……?


 筆記試験が終わった後は、短い休憩を挟んで実技試験。

 学科ごとに分かれて実技試験が行われる。

 レストが受けるのは魔法科だ。

 試験官の指示に従って、グラウンドに移動した。


「ホッホッホ。それでは、これから魔法科の実技試験を行うぞい」


 グラウンドに移動した百人ほどの受験生を出迎えたのは、立派なローブを着た老人だった。

 長い白髭しろひげを生やしており、頭は禿げ上がっている。

 少なくとも七十歳は超えているだろが、腰はしっかりと伸びていて矍鑠かくしゃくとした印象だった。


「ワシの名前はヴェルロイド・ハーン。一応ではあるが、この学園の長をしている」


「ヴェルロイド・ハーン……賢者で学園長である人がどうして……!」


 受験生の一人が思わずといったふうに声を上げた。


 ヴェルロイド・ハーン。

 その人物にレストも心当たりがあった。試験勉強の際に読んだ本に記述があったのだ。

 世界最高峰の魔術結社である『賢人議会』のメンバーであり、国内最強の魔術師。

 平民階級の出身者とのことだが、国内の有力者のみならず、他国の王族にだって顔が利く。

『名誉公爵』という位まで与えられており、王族を除けば最高の権力者の一人だった。


「本来は別の教員が試験監督をやるはずだったのだがな……その人物が急用ができたとかで、王都を空けているのじゃよ。何でも、『可愛い妹に彼氏ができた。試験監督とかやってる場合じゃない!』だそうじゃ。困ったものじゃのう」


 ヒゲを撫でながら笑う老人であったが、瞳はちっとも笑っていない。

 内心では、仕事を投げ出した部下に対してかなり怒っているようだ。


「まあ、試験監督が誰であっても、やることに変わりはない。実技試験の内容を説明するぞい」


 学園長が手に持っていた杖で少し離れた場所を示した。

 グラウンドの地面には白いラインが引かれており、十メートルほど離れた場所に円形の的のような物が立てられている。


「これからそこの線に立って、的に向けて攻撃してもらう。あの的には威力を数字として測定する機能があり、出た数字がそのまま点数になる」


 事前に聞いていた試験内容と同じ。例年通りだった。


「ただし……攻撃できるのは一度のみじゃが、魔法は複数回使用しても構わない。どんな魔法を使うのかよく考えることじゃな」


 学園長の説明に受験生の大部分が首を傾げた。

 魔法を複数回使用することができる。だけど、攻撃できるのは一度だけ……意味がわからない説明である。


(ああ……なるほどな)


 しかし、レストは内心で頷いた。


(つまり、複数の魔法を組み合わせて攻撃しても構わないわけか)


 魔法の多重発動による複合魔法。

 それは非常に高度な魔法であり、宮廷魔術師の中にもできない人間が多い技術らしい。

 そもそも、多重発動自体が難しいのだ。同時に発動させた魔法を組み合わせるなんて困難に決まっている。


(だけど……下級魔法でも組み合わせ次第で上級魔法を超える威力が出せると、ディーブル先生も言っていたな)


 レストの師であるディーブルもまた上級魔法はほとんど使えないと話していた。

 ディーブルが宮廷魔術師になれたのは魔法の使い方が絶妙に上手く、複合魔法を使うことができたからである。

 もちろん、この一年間の修行で複合魔法の使い方は教わっていた。


(まさにこの試験に打ってつけだな……持つべきものは優秀な師匠というわけか)


「それでは、受験番号の順番で魔法を撃ってもらう。まずはロサンド村のジャック君」


「は、はい!」


 純朴そうな少年がラインの前に進み出てきた。

 深呼吸をしてから、魔法を発動させる。


「【風刃】!」


 放たれたのは風属性の下級魔法。

 風の刃が真っすぐに的に向かっていき、命中する。


「ウム、57点じゃな」


 的の上に白い数字が表示される。

 何もない空中に文字が出てきたが、あれは光魔法による幻術の応用だろうか?


「次、王都在住のセルシー君」


「はい……」


 学園長に呼び出された受験生が前に出て、順番に魔法を放っていく。

 半数以上の受験生の点数を見るに、アベレージは60点というところ。

 ほとんどが下級魔法だが、数人だけ中級魔法を発動している者もいた。


「続いて……ユーリ・カトレイア君」


「はいっ!」


 一際元気の良い返事をして、試験前に出会った少女……ユーリが前に出てきた。

 騎士の名門であるカトレイア侯爵家の名前を出しているのだから、てっきり騎士科を受験しているのかと思ったが……レストの予想に反して、魔法科を受けたらしい。


(さっきは魔法無しで【身体強化】を使った俺と同等の運動能力を出していたけど……もしかして、魔法の腕前もすごいのか?)


「おい、カトレイアって……」


「ああ、侯爵家の……」


「どうして、魔法科に……いや、そもそも、平民枠で受けているんだ?」


 他の受験生の間からもざわめきが生じる。

 改めて、素性を隠したいのなら家名を名乗るなとツッコみたくなった。


「それじゃあ、行きます! 【石弾】!」


 ユーリが手をかざして魔法を発動させた。

 使用したのは【石弾】。石のつぶてを相手にぶつけるという下級魔法。


「ハアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ユーリがかなり長い間気合を込めると……ゆっくりと、それはもうゆっくりと、空中に石が生成されていく。

 たっぷり五分以上もかけて、ようやく掌に収まるほどの大きさの小石を生み出す。


「…………マジでか」


 レストは思わずつぶやいてしまった。

 明らかに魔力が足りていない。

 あんな小さな小石を作るのに、ユーリは全身から魔力を振り絞っていた。

 魔力量だけじゃなくて、発動スピードや出力も並以下である。

 こんなことで魔法科に入学できるわけがない。

 むしろ、入学してしまった方が苦労することだろう。


(こんな様子じゃ、可哀そうだけど合格は無理だよな……)


 レストは同情した様子で首を振る。

 しかし、直後予想もしていなかったことが起こった。


「よし……ええいっ!」


「ええっ!? 嘘おっ!」


 あり得ない光景を目にして、レストが声を裏返らせる。

 ユーリが空中に生成された小石を掴んで、そのまま思いきり投擲したのだ。

 投げられた石が「ギュインッ」と鋭い風切り音を鳴らして命中して、それまで壊れることのなかった的に大きなヒビを入れた。

 的の上に表示された数字は……『175』。どうやら、百点満点が上限ではなかったらしい。


(な、なんという力業……これって、魔法の試験じゃなかったのか……?)


「やった! 最高得点だ!」


 唖然とする一同を置き去りにして、ユーリが勝利の拳を天高々と突き上げたのであった。

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