第45話 セロリを刈る


 入学試験が終わったときには、時間はすでに夕刻になっていた。

 試験会場である学園の敷地を出たレストは、王都の通りを歩いてそのまま帰路につく。

 周囲に人はいない。面接が終わった順に解散・帰宅となるため、受験番号が後半だったレストは遅くなってしまったのだ。


(ヴィオラとプリムラも心配しているだろうし、寄り道せずにすぐ帰宅……といきたいんだけどな)


「……自分に何か用ですか?」


「……気づいてたのか、平民め」


 学園を出たあたりから、背後をついてくる気配があった。

 振り返ると、建物の陰から一人の少年が現れる。


「君は確か……?」


 セドリック……じゃなくて、セロリックだったか。

 セロリ少年はまるで親の敵に向けるような憎々しげな目で、レストのことを睨んでくる。


「さっきはよくも恥をかかせてくれたな! 平民ごときがブルート伯爵家の血を引く僕を馬鹿にして、タダで済むと思うなよ!」


「すごい逆恨みだ……」


 別に恥をかかせたつもりはない。

 セロリ君が得意げに高得点を取った直後、六倍もの点数を取っただけのことである。


「それで恥をかいたって言ってんだよ! ふざけやがって……!」


「……それで? わざわざ文句を言いたくて待っていたのか?」


 何というか、ものすごく馬鹿っぽい男だった。

 そんな暇があるのなら、勉強とか仕事とかしろよと言いたくなる。


(劣化版セドリックって感じだな……呆れて感動すらしてくるよ……)


「これでも喰らいやがれ!」


「…………!」


 叫びながら、セロリ少年は何かを投げつけてくる。

 レストは一瞬だけ身構えたが……それはどうやら、手袋のようだった。


「決闘だ! ぶっ殺してやる!」


「短気かよ……こんなくだらないことで決闘って……」


 そもそも、決闘というのは貴族の特権である。

 いくら伯爵家の分家の人間とはいえ、タダの平民でしかない男が何をほざいているというのだろう。


「うるせえ! 僕が決闘と言ったら決闘なんだよ、死ねえ!」


 レストが了承してもいないのに、セロリ少年が掌をこちらに向けて魔法を放ってくる。

 レストは咄嗟に防御のための魔法を発動させる。


「【雷砲】!」


「【土壁】」


 地面からせり出した土の壁がセロリ少年の放った雷撃を受け止める。


「そんな土塊、すぐに壊してやる!」


 セロリ少年が叫びながら、再び雷撃を放ってきた。

 二発目の魔法によって土壁が粉々に砕けるが……その先にレストはいない。


「なにっ!?」


「魔法の腕は悪くないんだよな……そういうところも愚兄にそっくりだ」


「ガハッ……!?」


 土壁で相手の注意を引いて、その隙にレストは素早くセロリ少年の背後に回り込んだ。

 そして、鋭い脚払いをかけつつ、頭部を掴んで地面に叩きつける。


「ぐ、うううう……!」


「はい、勝負あり。俺の勝ちで問題ないよな?」


「そんな……伯爵家の血筋であるこの僕が、平民ごときに……!」


「君も平民だろうが。呆れるなあ……」


 セロリ少年を地面に押さえつけつつ、レストが溜息を吐く。

 どうして、こういった貴族もどきは自分の地位や血筋へのこだわりが強いのだろう。

 純粋な貴族であるヴィオラやプリムラ、それに今日会ったユーリは下々に対しても寛大な性格なのに。


「……君と同級生になるかと思うと、学園生活が不安になってくるよ」


「クソ……こんなことして、無事で済まされると思ってるのか……!?」


「ん?」


「僕は伯爵家ゆかりの人間だ……僕がブルート伯爵に進言したら、お前なんてすぐに破滅だぞ……!」


 地面に倒れたまま、セロリ少年が憎々しげにレストを見上げる。


「お前も、お前の家族も、恋人だって無事では済まさないからな……全員、貴族への侮辱罪で牢屋送りにしてやる……!」


「あら、レスト。こんなところに居たのね」


 呪いの言葉を吐くセロリ少年だったが……そこで第三者の声が割って入ってきた。

 道に馬車が停まって、そこから一人の少女が顔を出す。


「なかなか行き会わないから、どこかで入れ違いになったかと思ったわよ」


「ヴィオラ? どうしてここに?」


 すぐそばに停車したのはローズマリー侯爵家のエンブレムが入った馬車だった。

 馬車の窓からヴィオラが顔を出し、レストに笑顔で話しかけてくる


「今日は街のレストランで食事をとることにしたの。お父様とお母様も一緒よ。道でレストを拾っていこうと思って探していたの」


「レスト様、試験はどうでしたか?」


 ヴィオラの肩越しにプリムラも心配そうな顔を覗かせる。


「ああ、バッチリだよ」


「良かった……安心しました」


「私のレストだったら当然よね……ところで、その男は誰かしら?」


 ヴィオラがレストに押さえ込まれている少年に目を向ける。


「ろ、ローズマリー侯爵家の紋だって……!?」


 セロリ少年が愕然とした顔になり、カタカタと歯を鳴らす。

 先ほどまで自分が伯爵家の血筋であると自慢していたが、それ以上の侯爵家の登場に焦った様子である。


「試験で会った知らない人。決闘を挑まれたから倒したところ」


「ほう、決闘とは穏やかではないな」


「旦那様」


 姉妹が引っ込み、代わりに侯爵家の当主であるアルバートが出てくる。


「そこの君。決闘ということは貴族の人間だね? どちらの家中の者か名乗りたまえ」


「へ……あ……それは……」


「……早くしたまえ。無駄な時間を取らせるんじゃない!」


「は、はひっ! ブルート伯爵家の者ですっ!」


 恫喝されて、セロリ少年が慌てて名乗る。

 レストが解放すると、慌てた様子で起き上がり、馬車に向かって両手をつく。


「フム、ブルート伯爵の息子かね? あの家に君くらいの年齢の少年はいなかったと思うが……」


「い、いえ……その……伯爵家の人間といいますか、分家の人間でして……」


「ほほう、それでは君の家の爵位は?」


「……ありません」


「つまり、平民ということか? 平民がどうして決闘などと言い出したのかね?」


 決闘の勝敗によって正義を示すのは貴族の権利。

 決闘を挑まれた側も貴族でなければならず、代理人を立てることは許されても断ることはできない。


「貴族でもない平民が当家の人間に決闘を強要したということは、つまり傷害の現行犯ということになるな」


「い、いえ、でも……僕は伯爵家の血筋で、ブルートの名前を名乗ることも許されていますし……」


「それでも平民には違いあるまい? 間違っているのかね?」


「うぐ……」


 セロリ少年が黙り込む。

 アルバートの言葉は完全な正論であり、言い返す言葉もないようだ。


「…………」


「……まあ、いい。今回の件はブルート伯爵家に直々に抗議しよう」


「そ、そんな……」


「これから家族で食事なんだ。これ以上、余計なことに煩わされたくはない。レスト君、早く馬車に乗りなさい」


「わかりました」


 レストはうなだれるセロリ少年に同情の一瞥を送り、さっさと馬車に乗り込んだ。

 馬車にはローズマリー夫妻が並んで座り、対面にヴィオラとプリムラが腰掛けている。

 二人が笑顔で間の座席を叩いてくる。レストは抵抗することなくそこに座った。


「では、出してくれ」


 アルバートが御者に指示を出し、馬車を走らせる。

 地面に突っ伏しているセロリ少年を残して、馬車は無情に走り出したのであった。

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