第46話 家族になろうよ


 入学試験の結果が出たのは、それから二週間後のことである。

 貴族枠と平民枠で試験は別々であったが、結果は同日に届けられた。


「やったあ! 私は合格よ!」


 学園から届けられた便せんを開いて、中の書状を目にしたヴィオラが喜びの声を上げた。

 そこにはこの世界の言語で大きく『合格』と書かれている。


「よかった……私も合格していました」


 同じように書状に目を通し、プリムラも胸に手を当てて安堵の息を吐いている。

 試験を受けた後に自信があると口にしていたが、やはり不安ではあったようだ。

 ひとしきり自分達の合格を喜ぶローズマリー姉妹であったが……沈黙している三人目の人間に目を向ける。


「えっと……レストは?」


「レスト様?」


「…………」


 二人の視線を受けながら、レストは沈黙している。

 表情が硬い。「まさか……」と姉妹の顔に不安が挿す。


「あ、ごめんごめん。合格しているよ。ちゃんとね」


 姉妹の視線に気がついて、レストが慌てた様子で言う。

 二人に見せた書状にはしっかりと『合格』の文字が飾られている。


「もう! 驚かせないでよ!」


「レスト様……ビックリしましたよ?」


「ごめんごめん。ちょっと考え事をしていてね。それはともかく、俺達は三人とも合格したな」


「「やったあ!」」


 姉妹が手を取り合い、両手をバンザイさせる。

 よく似た顔立ちの姉妹が鏡合わせのように左右対称に飛び跳ねる。


「私達、来年から一緒に学園に通えるのね!」


「レスト様と一緒に学園に……夢みたいです!」


「俺も嬉しいよ……ああ、本当に嬉しい」


 人生が大きく動いた気がする。

 学園に入学することができれば、よほどの劣等生でない限り将来が約束される。

 王宮勤めの道が開かれ、そうでなくとも地方の貴族に好待遇で雇われることだろう。


(そして……俺にとっては、ここからが重要だ)


 レストにとって、合格していることは予想通り。試験の手応えからわかっていることだ。

 重要なのはここから先である。


「スー、ハー……スー、ハー……」」


「レスト?」


「レスト様?」


 緊張した様子で深呼吸をしているレストを見て、姉妹が首を傾げる。

 レストはそんな二人の前に膝をつき……懐から取り出した『それ』を差し出した。


「ヴィオラ、プリムラ……俺と結婚してくれ」


「「…………!」」


 姉妹がそろって瞳を見開いた。

 レストが二人に差し出したのは色違いの指輪。

 ヴィオラには赤色のルビー、プリムラには青色のサファイアが台座につけられていた。

 どちらも王都にある宝飾店で購入したもの。

 ローズマリー侯爵家に来る以前から行っていた魔物狩り……それによって得た収入全てをつぎ込んだものである。


「この指輪……」


「綺麗……」


「自分の金で買いたかったから、そんなに高級品じゃないんだけど……二人を思って選んだ。どうかな?」


 レストは緊張から背中に汗をにじませながら、説明する。

 この世界には婚約指輪という概念はない。

 妻や恋人にアクセサリーを送るということはあっても、プロポーズ時に渡すという文化はなかった。


(それでも……二人への感謝を、思いを形にして伝えたかったんだ……)


 この一年間、ヴィオラとプリムラと一緒に過ごしてきた。

 そんな日々の中で、レストもまた二人に愛情を抱くようになっていた。


(二人の女の子を同時に好きになるだなんて、不実なことかもしれないけど……今さら、どちらかを選ぶなんてできない)


 二人が受け入れてくれるのなら、どうか指輪を受け取って欲しい。

 そんな願いを込めて、膝をついたまま二人を見上げると……ヴィオラとプリムラは大輪の花が咲き誇るように華やかな笑顔になっている。


「嬉しいわ……ありがとう、レスト!」


「喜んで……もう逃がしませんよ、レスト様!」


 二人が指輪を受け取り、ヴィオラが自分の指にあてる。


「どの指に合うかしら?」


「えっと……左手の薬指に合うはずなんだけど……」


「左手の薬指? 何か意味があるんですか?」


 プリムラが首を傾げて訊ねてくる。


「……前に本で読んだことがあってね。どこかの国で愛を示す指らしいよ」


 レストが指輪を受け取り、プリムラの左手の薬指に通した。

 事前に隙を見てサイズを測っていたこともあり、ピッタリと合う。


「レスト! 私も私も!」


「はいはい。どうぞ」


「ありがとう! 大好きよ!」


 ヴィオラにも指輪を填めてあげると、感極まって抱きついてくる。


「あ、ずるいですよ! 姉さん!」


 競うように、プリムラも続く。

 三人はピッタリと寄り添い、お互いの体温を交換して抱擁を交わす。


(幸せだ……絶対に二人とも幸せにしてみせる……!)


 心に堅く硬く誓って、レストは目尻に涙をにじませた。


「…………ムウ」


「若いわねえ……」


 そんな中、部屋の片隅ではローズマリー夫妻が生温かい目になって座っている。

 彼らがいる場所は侯爵家のリビングであり、他にも執事やメイドが同席していて気まずそうな顔をしていた。

 三人だけの世界に入っているレスト達が周囲の視線に気がつき、赤面するのはもう少しだけ先のことである。


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