第47話 王立学園試験後会議
時間はわずかに遡り、王立学園の会議室にて。
「ホッホッホ、今年はなかなかに豊作の年だったのう」
貴族枠、平民枠それぞれの試験結果を手にして、学園長であるヴェルロイド・ハーンが快活に笑った。
会議室には学園長以外にも教員達が集まっており、難しい表情で笑っている。
「筆記試験の平均点数は例年よりも十点も上、実技試験でも優れた結果を残している者達が出ておる。来年度の一年生は粒ぞろいのようじゃな」
「特に魔法科がすごいですね……まさか平民枠の受験生が上位陣に入るだなんて……」
教員の一人が溜息混じりに言う。
若い女性教師の手元には試験の総合順位と点数が記載された書類があった。
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魔法科合格者
1 貴族 セレスティーヌ・クロッカス 200点
2 貴族 プリムラ・ローズマリー 196点
3 貴族 ヴィオラ・ローズマリー 193点
4 平民 ユーリ・カトレイア 191点
5 平民 レスト 190点
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入学試験において、平民枠の受験生がベスト5に入るのは非常に珍しい。
血統が良く、幼い頃から英才教育を受けられる貴族が圧倒的に有利だからである。
ちなみに、試験は200点満点で内訳は筆記試験と実技試験がそれぞれ100点。合格の目安は七割の140点。
魔法科の場合、実技試験では的撃ちの点数がそのまま得点となり、最高得点を100点としていた。
「レスト君は実技試験の点数は実質トップじゃからのう。100点以上が切り捨てというルールでなければ、彼が学年主席だったじゃろうな」
「彼が首席にならなくて良かったですね……平民枠での受験生が主席として入学式で挨拶をしたら、貴族の入学者がどんな反応をするやら……」
高慢な貴族であれば、「平民に負けるなんて許せない」とレストに嫌がらせをするかもしれない。
基本的に試験の順位や点数は公表されないが、主席入学者は入学式で挨拶をさせられる。
「『王国の至宝』とまで呼ばれる才女のクロッカス公爵令嬢ならば主席の挨拶もそつなくこなしてくれるでしょう。大きなトラブルにならなくて良かったです」
「平民がトップでは黙っていない貴族も多いですからな。何よりです」
「レスト君はローズマリー侯爵の推薦ですか……あの御方は宮廷魔術師の長官ですし、内弟子か何かでしょうか?」
「ひょっとすると、娘さんたちの結婚相手かもしれませんよ?」
「ハハハッ、まさか!」
教員達が口々に言って笑い合う。
「しかし……」と一人の教員が表情を曇らせて、別の生徒の成績を話題にあげる。
「……何人か問題がある生徒もいるようですね。彼女、ユーリ・カトレイアはどうしましょうか?」
教員の一人が悩ましげに言う。
魔法科を平民枠で受験した『ユーリ・カトレイア』は試験結果だけ見れば総合4位。合格点に達しているが、実技試験のやり方にやや問題があった。
「彼女は魔法というよりも投石によって的を攻撃していますからね……これを有効な点数として採点しても良いのでしょうか?」
「反対だ! 断固として不合格にするべきである!」
声を張り上げ、一人の教員が立ち上がる。
筋骨隆々とした大男。騎士科の主任をしている教師だった。
「ユーリ・カトレイア嬢の試験結果には明らかに不備がある! このような不当な合格者を許すわけにはいかん!」
「でも……点数としては合格ですし、ルール上の問題はないのでは?」
「魔法を測るための試験を物理で攻略するなど、試験の意義が失われております! そのような不正を許すべきではないでしょう!」
「Mrアナゴイア。少し落ち着きなさい」
息巻く大男の教員を学園長が
「どんなやり方であったとしても、合格点を取った人間を不合格にするわけにはゆかぬ。ユーリ・カトレイア嬢は合格で良いじゃろう」
「し、しかし学園長……」
「彼女の実技試験にはワシも同席した。不正がなかったことは明白じゃ。そもそも、魔法科の試験結果に騎士科の教員である貴殿が口出しすることもないのでは?」
「……試験の公平性に学科は関係ないでしょう」
「確かにのう。しかし……あまり強く主張すると、カトレイア侯爵に何か言われているのではないかと邪推してしまうぞ?」
「…………!」
騎士科の教員が気まずそうに黙り込む。
どうやら、図星だったらしい。
騎士科の教員には騎士団のOBばかりで、騎士団長であるカトレイア侯爵の息がかかった人間も多い。
どんな事情かは知らないが……カトレイア侯爵から娘を不合格にするよう、指示を受けているのではないか。
「あるいは……彼女もそれを察していたから、魔法科を受験したのかもしれぬのう」
「…………」
騎士科の教員が無言で座る。
外部の人間の指示を受けていたことを見抜かれた以上、もはやユーリ・カトレイアの不合格を主張することはできなかった。
場の空気が重くなり、取りなすように別の教員が口を開いた。
「そ、そういえば彼はどうしましょう。ほら、セドリック・エベルン君!」
「あ、ああ……彼の点数は合格点に達していないが、実技試験で上級魔法を発動させていますね。魔法使いとしての実力は十分な気がしますけど……」
セドリック・エベルンの点数は116点。
実技試験の点数こそ悪くはなかったものの、筆記試験が大いに足を引っ張っており、試験監督への暴力行為による減点もあって合格基準の140点に届かなかった。
それでも実技試験での魔法のチョイスを間違えなければ結果は変わっていただろうが……合格点には程遠い。
「点数だけ見ると不合格ですけど……過去にも、点数が合格点に達していなくても、特例で合格にしたことはありましたね。セドリック君はどうしましょうか?」
セドリック・エベルンは宮廷魔術師であるエベルン名誉子爵家の出身であり、天才との誉れ高い少年だった。
試験で【雷嵐】という上級魔法を披露したことからも、才能の有無は明白である。
筆記試験の点数は不十分だが、合格にしても良いのではないかと考える教員もいた。
「ウーム……ワシは彼が不合格で良いと思っている」
しかし、学園長が首を振る。
教員の何人かが意外そうに首を傾げた。
「何故でしょう? やはり点数ですか?」
「それもあるが……彼の最終面接はワシがやったのじゃが、印象はあまり良くない。『可能性の水晶』もほとんど光らなかった」
「そうなんですか?」
可能性の水晶は全ての学科の受験生が面接時に触れるもので、その人間の未来の可能性を測定するものだった。
水晶を強く光らせた受験生は雷名・悪名を問わず、将来的に何らかの形で名前を残すことが多い。
「どうやら、セドリック君は早熟なだけだったようじゃな。今後の伸びしろはそれほど大きくはなさそうじゃ。平民枠の受験生の合格者を減らしてまで、特例で合格させることもあるまい」
貴族枠の合格者が増えれば、その分だけ平民枠の合格者が減ることになる。
王立学園はそもそもが次世代を担う貴族のための学園。貴族の合格者が優先され、平民には余った枠でしか入学を認めていなかった。
「わかりました。それでは、セドリック・エベルン君は不合格で」
「もしも本人にやる気があるのであれば、来年またチャレンジしてくるじゃろう。本人のやる気が高まれば可能性が拓けることもある。それに期待するとしようか」
魔法学園への受験資格は十五歳から十八歳までの男女である。
仮に今年、不合格だったとしても、来年また受験することもできるのだ。
もっとも……留年での受験は合格基準が高く設定されるし、合格したとしても他の生徒から軽んじられることが多いのだが。
その屈辱に耐える意思があるのであれば、セドリック・エベルンは来年の試験に再び挑んでくるだろう。
「ああ、それと……平民枠での受験生であるセロリック・ブルート君が合格を辞退してきました。どうやら、推薦者であるブルート伯爵の都合のようですね」
「フム、仕方がないのう。それではそのようにしてくれ。それでは、次は騎士科の試験についてじゃが……」
魔法科の試験についての話題が終わり、別の学科の話へと移っていった。
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