第48話 エベルン夫妻は狂乱する③


 王立学園入学試験の結果が出た。

 エベルン名誉子爵家の長男……セドリック・エベルンの結果は不合格だった。


「あり得ませんわ、こんな結果! 何かの間違いに決まっています!」


「我が息子は当代最高の天才だぞ!? たかが入学試験で不合格だなんて、あって良いはずがない!」


「…………」


 不合格の知らせを聞いて、セドリックの両親……ルーカスとリーザは金切り声を撒き散らして狂乱した。

 そんな両親の傍で、セドリックは処刑を待つ罪人のように顔を青ざめさせて座っている。


「大丈夫よ、セドリックちゃん! 私とお父様がすぐに学園に抗議してあげるからね!」


「ウム。たかが学園の教員ごときが我が息子を侮辱するなどあってはならない! 断固として対処しなくては!」


 エベルン夫妻はそんなふうに息巻いて、馬車で王立学園へと向かっていった。

 セドリックはガタガタと震えながら両親を見送る。


「…………」


「…………」


 夫妻は夕方になって帰ってきた。

 肩を落として、意気消沈した様子で。

 そんな二人の姿を見て……多くの使用人が抗議の結果を察して、嵐に巻き込まれないように彼らから距離をとる。


「父上、母上……その、どうでしたか?」


「この馬鹿者が!」


「…………!?」


 玄関まで出てきて恐る恐る訊ねたセドリックの頬を、ルーカスが殴った。

 セドリックが床に尻もちをつき、呆然として父親の顔を見上げる。


「筆記試験の点数がたったの40点だと!? おまけに実技試験では単体威力の少ない範囲魔法を使用して、試験監督に盾突いて減点!? 貴様は何という醜態をさらしてくれたのだ!」


「あ、ああ……ああ……」


 セドリックが殴られた頬をさすりながら、呆然として息を漏らす。

 父親に全て知られてしまったのもショックだが、それ以上に生まれて初めて父親から殴られたことに衝撃を受けていた。

 セドリックは幼い頃から天才の名を欲しいままにしており、両親から甘やかされて育ってきた。

 かつてローズマリー侯爵家の姉妹を危険にさらしたときでさえ、殴られることはなかったというのに。


「貴様には失望したぞ……お前を信じていたのに、まさかこんなみっともない結果を出そうとは……」


「あ、貴方……」


 妻のリーザが夫に縋りつく。


「せ、セドリックはこれからどうなるのですか? この子は、まさかあの出来損ないと同じじゃありませんよね?」


「母上……」


「私は嫌ですわ! あのメイドと同じ出来損ないの母親になるなんて! 私は子爵夫人になるのです。セドリックがそうしてくれるはずだったのに……!」


 リーザはセドリックのことを見ていない。

 殴られたセドリックを心配しているというよりも、自分の立場を気にしているように見えた。

 妻に縋られたルーカスは怒りのあまり頭を掻きむしり、吐き捨てるように言う。


「……試験は今年だけではない。留年して来年も受けることができる」


「で、では……」


「ただし、二度目の受験は通常よりも高い合格基準が設けられる。いかに実技試験が上手くいったとしても、筆記試験の点数が低ければ容赦なく落とされるだろうな」


「そ、そんな……!」


「仮に合格できたとしても、周りからは留年合格というレッテルを張られることになる。貴族は名誉を重んじるものだから、軽く扱われるのは避けられない。ローズマリー侯爵家の娘とも同学年にはなれないし……私の計画が台無しではないか!」


「わ、私のせいではありませんよ!? 私はあのメイドとは違う……出来損ないの子供なんて産んでいませんからね!」


 リーザがキンキンと響く声音で叫んで、呆然とするセドリックを指差した。


「この子が失敗したのは旦那様の教育が悪かったからですわ! 私には何の責任もありません!」


「馬鹿な! お前だって『セドリックは優秀だからそんなに勉強しなくても大丈夫』などと言って、遊びまわることを許していたではないか!」


「だ、旦那様だってセドリックのことを天才などと呼んでいたでしょう!? 宮廷魔術師である旦那様がそう言ったから、私は安心していたのです! 私のせいにしないでくださいませ!」


「クソッ! セドリックが宮廷魔術師になれなかったら、本物の貴族になるという計画が……! いっそのこと、他所から優秀な子供を養子として迎え入れたほうが……!」


「そ、そんな……見捨てないでください! 父上、母上!」


 セドリックが二人に縋りついて、また怒声が上がる。

 親子の言い合いは夜更けまで続き、使用人達は触らぬ神とばかりに関わり合いになるのを避けてさらに距離を取った。


 結局、セドリックは来年の試験に絶対に合格するように命じられて、部屋に鍵をかけられて勉強を強いられることになる。


「チクショウ……チクショウ、チクショウ、チクショウ! これも全部全部、アイツのせいだ!」


 縛られるようにして机に向かいながら、セドリックは怨嗟の叫びをあげる。


「アイツが屋敷にいた頃は何もかも上手くいってたんだ……レスト! 次に会ったら絶対に殺してやるからな!」


 エベルン名誉子爵家。

 栄光の未来に向かっていたはずの彼らであったが……道で落とし穴に嵌まるようにして、彼らの幸福は打ち砕かれた。

 ひょっとすると、彼らの幸せな生活はレストの犠牲によって成り立っていたのかもしれない。


 そんなエベルン名誉子爵家にローズマリー侯爵家から使者が送られることになったのは、それから一週間後のことである。

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