第49話 実家に帰省します


 こうして、レストとローズマリー姉妹は正式な婚約者になった。

 正式なお披露目はまだだったが、公的な手続きはすでに済んでいる。

 貴族と平民との婚約であればすんなりとはいかないが、レストは一応、貴族としての籍を持っていた。

 親権はローズマリー侯爵が握っているため、エベルン名誉子爵家の許可を取る必要もない。

 婚約の手続きは簡単に終わった。

 侯爵家では盛大な婚約パーティーが開かれ、三人は大いに祝福を受けたのである。


 そして、興奮もようやく冷めてきた数日後。

 レストは学園入学と姉妹との婚約を報告するべく、実家であるエベルン名誉子爵家に向かうことにした。


「いいのかね、レスト君。私がついて行かなくても」


「ええ、問題ありません」


 出発前、義父であるアルバートに問われて、レストは堂々と胸を張って答えた。


「あの家との最後の決着はこの手でつけたいですから。いくら義父上といえど、譲るつもりはありません!」


「そうか……すでに先触れは送ってある。何かあれば私が対処するから、思い切り暴れてくるといい」


「はい。お気遣い、感謝いたします」


 厳しくも面倒見の良い義父に頭を下げてから、レストはローズマリー侯爵家の馬車で実家に向かう。

 あえて馬車を使わずとも走っていける距離だったが、名誉子爵家の人間達に侮られないように馬車を借りたのだ。


(ようやく、この時が来たか……)


 馬車に揺られながら、レストは物思いにふける。


 ローズマリー侯爵家に引き取られて一年。

 母親が病で命を落として、エベルン名誉子爵家に飼われるようになってから五年が経っている。

 随分と長かったような気がした。


(いや、違うな。もっとだ)


 エベルン名誉子爵家との因縁が始まったのはもっと前。

 レストが生まれたときから……否、父親がメイドとして働いていた母親を手込めにして、無理やり孕ませた時まで遡るだろう。

 そんな因縁にも今日で決着がつく。

 今のレストはやられっぱなしで泣き寝入りするサンドバックではない。

 彼らに馬鹿にされないだけの力と地位を手に入れたのだから。


(別に復讐をしたいと思っていたわけじゃない。それでも、自分を踏みにじっていた連中の鼻をあかすと思うと、すごい緊張するな……)


「着きましたよ、レスト様」


「ありがとう」


 馬車が停まり、御者台から声がかかった。

 少し前までは「さん」呼びをしていた使用人が「様」付けで自分を呼ぶのを聞くと、改めて自分が侯爵家の人間になったのだと感じ入る。


「フッ……」


 レストは短く息を吐いてから、立ち上がって馬車から降りた。


「い、いらっしゃいませ!」


 一年ぶりになるエベルン名誉子爵家の屋敷。

 敷地の門扉の前に立っていたのは、貼りつけたような笑みの父親……ルーカス・エベルンだった。

 先触れを出していたため、待ちかまえていたのだろう。

 横には夫人、後ろには使用人を並べて、頭を下げて挨拶をしてくる。


「本日はよくぞお越しくださいました! ローズマリー侯爵家の…………へ?」


 恭しく挨拶の文言を口にするルーカスであったが、自分が頭を下げている相手の正体に気がついたらしい。

 顔を引きつらせ、大きく瞳を見開いて固まった。


(ああ……一応、俺だってわかるんだな)


 レストが皮肉そうに苦笑する。

 今日のレストは貴族らしく身なりの良い服を着ており、髪だって整えていた。

 馬小屋生活をしていた頃とは別人のように変わっているはずなのだが、それでもルーカスにはそれが不肖の息子であるとわかったらしい。


(腐っても父親というわけか……鬱陶しいなあ)


「ば、馬鹿な……何故、どうして貴様が……!?」


「ごきげんよう、名誉子爵殿」


 愕然としているルーカスにレストが意地悪く微笑んだ。


「本日はローズマリー侯爵の名代として、報告したい旨があって来ました。ところで……先ほどの『馬鹿』という発言は自分に対してのものですか?」


「ッ……!」


 ルーカスが顔を青ざめさせる。

 いかに親子といえど、今のレストはローズマリー侯爵家の名前でここに立っていた。

 たかが名誉子爵ごときが馬鹿呼ばわりできるわけがない。


「し、失礼いたしました。失言をお許しください……」


「ど、どうされたのですか、旦那様? あの方がいったい……?」


 夫人……リーザ・エベルンが困惑した様子で訊ねる。

 どうやら、こちらは自分達が出迎えている人間がレストであると気づいていないようだ。


「ええ、許しましょう。過ちは誰にっだってありますから」


「……御慈悲に感謝いたします」


 ルーカスが屈辱に表情を歪めながら、言葉を絞り出す。

 隣の夫人は困惑しっぱなしである。


(セドリックがこの場にいなくて良かったな。絶対に余計なことをやらかしてたぞ)


 あるいは、それがわかっているからこの場にいないのか。

 そうだとすれば、この父親もセドリックが理想の息子ではないと気がついたのかもしれない。


(まあ、今さら気づいても遅いけどな。アイツが更正して真面目になるところなんて想像できない)


「それでは、奥に案内していただけますか?」


「……承知いたしました。こちらへどうぞ」


 渋面の父親に先導されて、レストは良い思い出のない実家に帰省を果たしたのであった。

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