第50話 両親にざまあします


 レストは父親であるルーカスに先導されて、エベルン名誉子爵家の応接間へと通された。

 遅れてレストの正体に気がついた夫人が金切り声を上げて執事に抑え込まれていたが、無視して屋敷の廊下を歩いていく。

 応接間のソファに座り、かつて父と呼んだ男と向かい合わせになる。


「……お久しぶりですね。エベルン名誉子爵殿。それとも『父上』とでもお呼びした方がよろしいですか?」


「…………」


 揶揄うような口調で問うと、ルーカスが眉間のシワを深くさせた。

 以前であれば怒鳴られるかなじられるか、あるいは殴られるかだろうが……今日のレストはローズマリー侯爵家からの使者である。

 ローズマリー侯爵の名代として来ているレストに暴力など振るおうものなら、首が飛びかねない。


「まさか、あー……がローズマリー侯爵の名代とはな。順調に出世しているようで何より、です……」


「そちらはお変わりないようですね……ああ、違った。セドリックの姿が見えませんけど、今日はどちらにいるのですか?」


「それ、は……」


「久しぶりに会いたいですね。留守ですか?」


「…………」


 ルーカスが黙り込む。

 意地悪な質問だったかとレストは苦笑した。

 セドリックが王立学園の入学試験に不合格していることは、ローズマリー侯爵から聞いている。

 察するに、自室につながれて来年の試験に向けて勉強させられているのだろう。


「まあ、いいでしょう。そんなことよりも……今日はエベルン名誉子爵殿に報告があって参りました」


「……聞きましょう」


「まずは軽い報告から。私は先日、王立学園の入学試験に合格しました。来年から新入生として入学することになります」


「ハアッ!?」


「嘘よ!」


 ルーカスが声を裏返らせ、部屋の隅で執事に抑え込まれていたリーザがガラスを引っかくような高い声を上げる。


「馬鹿な……いや、私はお前が試験を受けるなど聞いていないぞ……!」


 思わず『お前』などと口にしてしまったようだが、そこはスルーしておいて話を進める。


「平民枠での入学ですからね。そもそも、私の親権はローズマリー侯爵に譲渡されていますし、報告は必要ないでしょう?」


「ぐ、ううう……それはそうだが、親子としての報告は……」


「親子として?」


 レストがスウッと目を細めた。

 唇を歪めて、皮肉そうに口にする。


「親子として? 自分と貴方に親子としての関係が存在しましたか?」


 母親が亡くなってからエベルン名誉子爵家に引き取られることになったが……親子らしい行為はそこまで。

 名誉子爵家ではずっと馬小屋で暮らしており、食事を犬食いさせられるという侮辱的な扱いも受けていた。

 そんな自分達に今さら親子としての情が存在するとでも思っているのだろうか?


「うっ……」


「あり得ないわ……だって、セドリックが不合格だったのよ? それなのに、卑しいメイドから生まれた出来損ないが合格するだなんて……!」


「だ、黙らんか。リーザ! 騒ぐのなら外に出ていなさい!」


 暴言を口にする妻にルーカスが一喝した。

 この場にリーザがいれば、さらなる失言を重ねかねない。執事に命じて、部屋の外に連れ出そうとする。


「ちなみに、学科は魔法科です」


 しかし、レストはさらなる爆弾を投下すると、エベルン夫婦が再び爆発する。


「魔法科、だと……!」


「あり得ないわ!」


 部屋の外に引きずり出されようとしていたリーザが即座に声を上げた。


「何で!? どうしてっ!? セドリックが不合格になった魔法科の試験にクズでゴミの汚らしいガキが合格するなんて……!? 間違いよ、こんなことがあっていいはずがないわ!」


「黙れと言っているだろう! コレはローズマリー侯爵の使いだぞ!? 無礼は止さぬか!」


 妻を慌てて諫めるルーカスであったが、レストを『コレ』呼ばわりしているのはこっちも同じである。

 よほどレストが投げた爆弾が効いているのだろう。

 どこまで錯乱するのか試してみたい衝動に駆られるほど、みっともない夫妻である。


(ヤバい、楽しくなってきたぞ……俺ってこんなに意地が悪かったんだな……)


「事実ですよ。これを見ればわかるでしょう?」


 レストが人差し指を立てた。

 レストの頭上に赤、青、黄、緑の四色の球体が浮かぶ。


四重奏カルテット!? どうして、こんな高等技術を……!」


 火、水、風、土……四属性の魔法の同時発動。

 宮廷魔術師でさえ至難な業を見せられて、ルーカスは哀れに思えるほどの絶望の表情で目を剥いた。


「お前は……君は、いや貴殿は……魔力無しではなかったのか……?」


「自分が魔力測定をしたのは赤子の頃でしょう? 魔力は成長するにつれて増えるものだと知っているはずです」


「だ、だが……ここまで劇的に増えるだなんて……それに、四つの魔法を同時に使えるなんて、何という才能……」


 ルーカスはしばし呆然としてブツブツとつぶやいていたが……やがてグッと息を呑んで、改めてレストに向き直った。


「レスト殿……いや、ここはあえてレストと呼ばせてもらう」


「何ですか、『父上』?」


「……家に戻ってこい。名誉子爵家の跡継ぎになれ」


「…………」


「貴方っ!?」


 レストが反応するよりも先に、リーザが叫んだ。

 執事に連れ出されそうになりながらも、まだ抵抗していたらしい。


(さっさと出て行けばいいものを……いや、もしかして気を遣われているのかな?)


 リーザを抑えている執事はレストの顔見知りの人物だった。

 屋敷にいた頃はあまり会話をしていなかったが、時折、食料を恵んでくれた一人である。


「…………」


 レストと目が合うと、その執事がウィンクをしてきた。

 どうやら、この男もかなり良い性格をしているようである。


「どういう意味ですか、『父上』。この家には優秀極まりない跡継ぎがいるはずです」


「……セドリックは学園の入学試験に落ちた。来年、受かったとしても、宮廷魔術師になれる保証はない。だが……お前ならば確実に宮廷魔術師になることができるだろう」


「……まあ、出来ると思いますけどね」


「名誉子爵家を継げ。宮廷魔術師となり、この家を子爵にするのだ。私の悲願を成就してくれ」


「…………」


 勝手な主張である。

 さんざん冷遇してきたくせに、優秀であることがわかったら掌返し。

 清々しくなるほど腹の立つ男である。


(だが……これがルーカス・エベルンという男だよな)


 魔術師としての実力で成り上がってきたこの男にとって、魔法の才能が全てなのだ。

 魔法の才能があれば庶子で平民の子であっても相応の扱いをするし、結果を出せなければ実の息子でも切り捨てる。

 ある意味では、一貫した信念の持ち主であるといえるのかもしれない。


(だが……俺とは相容れないな)


 少なくとも、こんな家族はいらない。

 母親を捨てた時点で、レストにとって父親という存在はないも同じなのだから。


「光栄な誘いですが……お断りいたしますよ。『エベルン名誉子爵殿』」


 呼び方を元に戻して、レストは冷笑した。


「何故だ? お前にとっても悪い話ではないだろう。子爵として家を継ぐことができるのだぞ?」


「無理ですよ。だって……俺が継ぐ家はもう決まってるから」


「何? それはいったい、どういう……」


「俺はローズマリー侯爵家に婿養子に入ることになりました。だから、この家は継ぎません」


 レストはきっぱりと告げて、にこやかに笑った。


「これがもう一つの報告。俺は次期侯爵になるので、子爵なんて爵位はまっぴらごめんですよ」

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