第44話 こぼれた本音
そして、レストが面接を受ける順番がやってきた。
講堂から出たレストは試験官の指示に従って、別室に移動する。
十畳ほどの部屋には中央にポツンと椅子が置かれており、前方のテーブルには先ほども会った学園長の姿。
ヴェルロイド・ハーンが座っていて、穏やかな笑顔で出迎えてくれた。
「さあ、座りたまえ」
「…………はい」
てっきり、試験官が二、三人はいるものだと思っていたが……まさかの学園長ただ一人である。
(これは逆に緊張するな……侯爵家で一通りの礼儀作法を学んでいるけど、失礼がないようにしないと……)
「そんなに硬くならなくても大丈夫じゃよ。面接などと言っているが、これはあくまでも参考までに話を聞きたいだけじゃから」
レストの緊張を見抜いたのか、学園長が朗らかに言う。
「この面接の内容によって落とされるということはないから、安心して欲しい。肩の力を抜いてリラックスして答えれば良いぞ」
「わかりました……」
「それでは、最初の質問じゃ。君はどうして王立学園に入学しようと思ったのかな?」
「…………」
普通の面接であると考えたのであれば……自分の力を向上させるためであるとか、社会貢献のための力や技術を身に着けるためであるとか、当たり障りのない回答をするべきである。
(だけど……不思議と、取り繕ったことを言っても見抜かれる気がするな)
学園長の視線は決して強くはない。
それでいて、不思議と心の奥底を見抜かれているような感覚がある。
(変に取り繕わず、正直に話すのが賢明だな……)
「……幸せになりたいんです。成功者と呼ばれるような人間になりたいんです」
レストは長い深呼吸の後で、内心を吐露する。
「フム? どういうことかね?」
「自分は宮廷魔術師であるルーカス・エベルンの庶子なのですけど、十歳の頃に平民の母親が亡くなって、エベルン名誉子爵家に引き取られました。そして……そこで冷遇を受けてきました」
「…………」
「現在は偶然できた縁で知り合ったローズマリー侯爵家に使用人見習いとして引き取られていますが……親から愛されなかった、家族であるはずの人間達に虐げられた劣等感は今も消えていません」
「家族を見返したいということかね?」
「はい、それが半分の理由です」
レストは頷きつつ、さらに心の奥底にある部分を口から出す。
「それともう一つの理由として、家族が欲しいという願いがあるんです」
「家族……」
「はい。思い合うことができる家族、愛しあうことができる家族……ケンカすることはあっても一方的に虐げたりすることはない、心の奥底でちゃんと通じ合える家族が欲しいんです……出来るだけたくさん」
家族が欲しい。
そして……家族を守れる力が欲しい。
絶対に奪われることがないように……前世で刺し殺してきた父親、現世で虐待してきたエベルン名誉子爵家の人間のような理不尽に、奪われないような圧倒的な力を手に入れたい。
「家族を守れる力が欲しい……自分と大切な人を脅かす、どんな理不尽も握りつぶせるような最強の力が……!」
口に出してから、ハッと気がついた。
(俺って……こんなこと考えてたのか……?)
それはレスト自身も意識していなかった無意識の願いである。
学園長を前にして入学の志望動機を語っているうちに、自然と口からこぼれ落ちたのだ。
「なるほどのう、それが君という人間の根幹か」
レストの話を聞いて、学園長が鷹揚に頷いた。
「他にもいくつかの質問をするつもりだったが……今ので君の人となりを知ることはできた。面接はこれで終わりにしようか」
「はい……ありがとうございました」
言わなくてもいいこと、余計なことを言ってしまったような気もするが……学園長の反応は悪くないので良しとしておこう。
「最後に……こちらの水晶に触れてもらえるかな?」
学園長が軽く右手を振ると、テーブルに置かれている水晶玉がフヨフヨと浮かんでレストの方に飛んできた。
「これは……?」
「まあ、良いじゃろう。触れてみればわかるわい」
「…………」
レストは怪訝に思ったが、水晶玉から危険な気配は感じられない。
指先でそっと触れて……その瞬間、まばゆい光が放たれる。
「うわあっ!」
「おおっ!?」
慌てて指を離すと、一瞬で光は消えてしまった。
「が、学園長!? これはいったい……?」
「ああ、この水晶は可能性を測る力のあるマジックアイテムじゃ。その人間の成長の伸びしろを測定することができる」
「可能性……?」
「ウム。実技試験であれほどの点数を出して、さらに今の光……早熟というわけではなく、まだまだ成長の余地を残しているようじゃな。素晴らしいことじゃ」
水晶玉がテーブルに戻っていく。
学園長が水晶玉に手を載せると、淡く空気に溶けるほど弱い光を発した。
「ご覧の通り、年を取ったワシの可能性は弱い。じゃが……君はまだまだ未来に可能性を残しているようじゃな。大切に育てるが良い」
「……わかりました。ありがとうございます」
レストは頭を下げた。
とにかく、無事に面接を乗り越えたようである。
レストは退室の許可を得て、部屋から外に出たのであった。
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