第306話 張子の虎

 そこはワイバーンにとって楽園だった。

 南部山脈にあるアルファ山、そこにはワイバーンを超える魔物は生息していない。

 ベータ山やガンマ山といった他の山まで行けば同格の魔物がいるものの、相手のナワバリに侵入さえしなければ争うことにはならない。

 この山にいる限り、ワイバーンは一方的に獲物を狩って喰らうことができるのだ。


「グル?」


「ジャアッ?」


 だが……その日、ワイバーンは目にした。

 自分達のナワバリへと堂々と侵入してくる異物の存在を。


『…………』


 それは大きかった。ワイバーンの倍ほどの大きさがある。

 茶色い体色の巨体。左右に広がる二対四枚の翼。巨大なアギト。

 ドラゴンとよく似た恐ろしい外見の怪物が北の方角から悠然と飛んできて、アルファ山の山頂付近へとやってくる。

 鳴き声を上げることなく、まるで風に揺られるように浮遊しながらやってくる怪物の姿はかえって不気味。ワイバーン達は最大の警戒を示した。


「ジャアアアアアアアアアアアア!」


「グルウッ! ジャウジャウッ!」


 数匹のワイバーンが飛び立ち、正体不明の侵入者を囲む。

 自分達よりも大きな怪物を遠巻きに囲んで吠えかける。


『…………』


 だが……怪物はフラフラと浮遊しているばかり。ワイバーンの威嚇に反応しない。


「ジャアアアアアアアアアアアアッ!」


「ジャアッ! ジャアアアアアアッ!」


 いよいよ、堪りかねたようにワイバーンが怪物を攻撃する。

 相手の翼に噛みつき、尻尾を叩きつけて相手を落とそうとした。


『…………』


 だが……怪物はなかなか揺らがない。

 ワイバーンの攻撃に反撃することも無く、不気味に浮遊したままである。


「上手くいったか」


「おお……気づかれていないみたいだな」


 そんな戦いを見上げながら、レストとユーリも動き出した。

 二人は土で構築したドームに身を隠している。魔法で作られたそれはレストの意思によって音もなく移動しており、少しずつではあるがワイバーンの巣に接近していた。


 これがレストの立てた作戦である。

 囮を使ってワイバーンの注意を引き付け、魔法で生み出した土のドームに隠れて近づくというものだ。

 風に乗って空を浮遊している怪物もまた、当然ながらレストが魔法で作った偽物である。

 土や木を使って怪物を形作り、【浮遊】の魔法で空に浮かべただけ。それを風上から流しただけのバルーンのような物だった。


 本来、【浮遊】の魔法は継続的に発動し続けていなければ解除されてしまう。

 だが……レストは怪物の張りぼてに十分な魔力を注いで魔法をかけ、それを結界術によってコーティングすることで問題を解決した。


 すると、どうでしょう。

 結界術によって魔力の拡散と魔法の解除が抑え込まれ、充填させた魔力が消耗して消えるまで浮遊し続ける怪物バルーンが完成したのです。


「まさに匠の技……なんちゃって」


 冗談めかして言いながら……レストはワイバーンの巣の中に侵入した。

 そして……空を浮遊している怪物に警戒が向けられている隙に、他の個体から離れているワイバーンに狙いを定める。


「できるだけ静かに。かつ、逃げる暇を与えず一撃で……」


 そして……その時にタイミングを合わせる。


「ジャアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 数匹のワイバーンが怪物の張りぼてに噛みつき、その身体を引き裂いた。

 その瞬間……張りぼてが弾けて、内部から強烈な光と音を発した。


「「「「「ジャアアアアアアアアアアアアッ!?」」」」」


 爆竹のような破裂音にワイバーンの悲鳴が重なる。

 張りぼての怪物……気球のようにフワフワと浮遊するその内側には光と炎の魔法が仕込まれていた。怪物が破壊されたことで内部の魔法が炸裂したのである。


「今だ……!」


 その瞬間、レストが魔法を放った。

【天照】……射出された光線が群れの外れにいたワイバーンの頭部を撃ち抜き、一撃で絶命させた。

 光と音に紛れてその攻撃はワイバーンの意識に止まることなく、殺されたワイバーンも何をされたのか気づいていないことだろう。


「よし、急げ急げっ!」


 ユーリが落下してきたワイバーンを引きずってきて、土のドームの中に運んでくる。

 討伐完了。素材回収も完了。あとは撤退するだけである。


「ギシャアッ! ギシャアッ!」


「シャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「よし……撤退だ!」


 頭上ではワイバーンが混乱してバタバタと翼を上下させている。

 レスト達によって仲間の一匹が撃たれ、持っていかれたことになど気がついてもいない。


 レスト達はそそくさとその場を引き上げ、ワイバーンの亡骸を持ち去ったのであった。

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