第145話 まずは履歴書を書かせます
レストが最初に行ったのはクラスメイトへの勧誘である。
昼休みなどの時間を見つけて、親交のあるクラスメイトに声をかけていく。
「ああ、もちろんだ。是非とも参加させてくれよ」
「僕もだ。魔物退治なら経験がある」
真っ先に名乗りを上げてくれたのは、友人であるルイド・ジスタルとモーリス・ルーイである。
「俺は三男坊だから継げる領地も爵位もないからな。独立できる可能性があるっていうのなら、喜んで開拓に参加するぜ」
「僕は家業を継ぐ予定だけど……金は欲しいから参加するよ」
ルイドがニカッと笑いながら、隠すことなく参加の動機を主張した。
モーリスも金のためだと、当たり前のように口にする。
今回、募集しているのは開拓の協力者として魔物退治に参加してくれる人間である。
だが……特に活躍してくれた者については、クローバー伯爵家の家臣として取り立てる予定だった。
領民が一人もいない新興貴族の臣下……一見して、旨味がなくて大変そうなだけの仕事に思われる。
しかし、先が見える人間であればわかっていた。
領地が有り余っている新興貴族の臣下になるということは、上手くすれば新しい町の代官など美味しい役職に就ける可能性がある。
場合によっては、領地の一部を割譲されて寄子の貴族として独立を認められることもあるだろう。土地は十分すぎるほどに余っているのだから。
「俺も俺も! 俺も参加するぞ!」
「僕もだ。抜け駆けは許さないぞ!」
「やらせてくれ。絶対に活躍してみせるから!」
次々とクラスメイトが名乗りを上げてくる。
それどころか……レストが通学してきたという噂を聞きつけたらしい、他クラスや他の学年の生徒まで集まってくる。
ほとんどは平民出身者か貴族家の三男以下。一部、報酬金目当てのアルバイト感覚で参加を願い出てくる変わり者もいたが。
「レスト君って、前々から格好良いと思ってたのよね……」
「平民出身とは思えないくらいに品があって、絶対に出世すると思ってましたわ」
「よろしければ、これから内乱での武勇伝を聞かせてくださいますか?」
また……集まってきたのは仕官希望者の男子ばかりではない。
女子生徒の中にも、レストの周りにそそっとやって来る者達がいた。
もっとも、彼女達の目的は仕官希望ではなく、側室や愛妾となることを狙っているのだろうが。
「レストに用事があるのなら私が聞くわ」
「ゆっくりとお話しましょうか?」
しかし、そのたびにヴィオラとプリムラが底冷えのするような笑みを浮かべて、立ちふさがる。
「先輩への挨拶は必要よね? コソコソしてないで……まずは私達に話を通しなさい!」
「「「ヒエッ!」」」
ほとんどの女性はそんな恫喝を受けて、散り散りになって逃げていった。
これでハニートラップは回避……したものかと思われたが、恐ろしいことにヴィオラとプリムラに立ち向かっていく豪胆な女子生徒もいた。
「すみません。私の実家は商会を経営していまして。平原開拓にともなう物流の構築についてお話が……」
「その……私は実家で妹を溺愛している両親から虐待をされているんです。妾で良いので貰っていただきたいのですけど……」
「私の外祖父が財務大臣をしています。私が側室になったのであれば、色々と融通が付けられるかと……」
恫喝を受けながら、それでも自分を売り込んでくるのは魔境の開拓に大きなビジネスチャンスを見出した人間や、のっぴきならない事情がある者達ばかりである。
彼女達はヴィオラとプリムラに自分達を娶ることによるメリットを丁寧に説明しており、前向きな話し合いを行っていた。
「おいおい、ローズマリー家の姉妹だけじゃなくて愛人までもらうつもりかよ! 羨ましいなあ!」
「……放っておいてくれ。そっちの話はもう知らない」
背中を叩いてくるルイドに、レストがうんざりしたような表情になった。
「それよりも……参加してくれる人は、この書類に必要事項を記入してもらえるか?」
「何だ、この紙は?」
開拓への参加を申し出てくれた少年達全員に、レストは事前に用意しておいた書類を配った。
「見てわかる通り……その書類には氏名と経歴、特技などを記入する欄がある。全部を記入できたら俺のところに持ってきてくれ。放課後までに書けなかったら、ローズマリー侯爵家のタウンハウスに送ってくれても良い」
レストが彼らに渡したのは、いわゆる『履歴書』である。
この世界には貴族などの社会的信用がある人間が『紹介状』を書いて、人材を売り込む文化は存在していた。
しかし、その紹介状はその人間がいかに優秀な人間であるかを長々と文章で書いた物のため、大勢の人間の分をチェックするのは時間と手間がかかる。
そこで、レストは前世の記憶にあった履歴書をこの世界風にアレンジして作成して、開拓の参加希望者に書いてもらうことにしたのだ。
「それなら、経歴や得意事項が一目でわかるだろう? 簡潔だから、書くのにそんなに時間もかからない」
「へえ、確かにわかりやすいかもな。書類作業が苦手な俺でも書けそうだ」
「ですが……紹介状と違って、嘘がつき放題ではないですか? デタラメな経歴や特技を書かれたらどうするつもりですか?」
感心した様子で頷いているルイドに対して、モーリスはどこか懐疑的である。
「その時は嘘を書いた人間が損をするだけだよ。開拓作業を行うにあたって、得意事項などの欄を参考にして仕事を割り振らせてもらう。デタラメを書いたら、確実に苦労することになるだろうね」
経歴も同じである。
魔物退治などの経歴の有無に関係な仕事ならばそこまで重要視はしないが、正式に臣下として雇用することになった場合、ここに書かれている経歴が真実であるか調査をさせてもらう。
後になって嘘が判明すれば、それまで積み上げてきた活躍と信用が崩れ落ちていくことになるだろう。
「なるほど……これは便利そうですね。他の仕事の募集にも応用できそうです」
「このやり方、これから広まるんじゃねえの?」
モーリスも履歴書の有用性を認めてくれた。ルイドが冗談めかして笑っている。
数年後、二人の予想は的中した。
レストはその後も領地開拓にあたって履歴書を活用していくのだが……やがて他の貴族達もそれを真似ていく。信用重視の重要な仕事に関しては従来のように紹介状を、人数が必要な仕事の募集については履歴書を提出させるようになった。
やがて履歴書は民間の商会などにも広まっていき、官民を問わず人材登用のために利用されるようになるのであった。
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