第146話 この時、歴史が動いた……かもしれません

 クラス内での勧誘活動を終えて、続いてレスト達が向かったのは生徒会室である。

 入室の許可を得て生徒会室に入ると……そこには生徒会長であるアンドリュー・アイウッドの他に数人の人間がいた。

 生徒会役員であるユースゴス・ベトラス、リランダ・マーカー、セレスティーヌ・クロッカスに、執行部のアイシス・カーベルトもいる。


「ムウ……!」


「リュベースか? どうして、お前がここにいるんだ?」


 そして……何故だろう。

 そこには『女嫌いの剣聖』であるヴィルヘルム・リュベースの姿もあった。

 他のメンバーはともかくとして、リュベースは生徒会関係者ではない。ここにいる理由はないはずだが?


「……今日はあの女はいないようだな」


「あの女って……ユーリのことか?」


 リュベースは女性を苦手としているが……その中でも、ユーリ・カトレイアは別格である。

『剣術』の授業のたびに追いかけられており、辟易しながら逃げ回っていた。


「ユーリは……ちょっと実家に戻っているらしくてな。学園にも来れていないんだよ」


 レストが苦笑しつつ、リュベースの疑問に答えた。


 ユーリ・カトレイアは騎士団長の娘である。末っ子で唯一の女子ということもあって、父親と兄からかなり溺愛されているらしい。

 そんな父親が嫌で、逃げるようにして学園に通っていたのだが……先日の内乱の際にとうとう捕まってしまった。

 義勇兵として参加していたところを指揮官の父親、従軍していた兄達に見つかってしまい、縄をかけられて捕獲されたようだ。


 義父のアルバートから聞いたところ……カトレイア侯爵家の屋敷では親子喧嘩、兄妹喧嘩が紛糾しているそうだ。


「ああ、ちょうど良いところに来てくれたな。用件は魔境の開拓についてだろう?」


 アンドリューが和やかに話しかけてくる。


「まさにその話をしていたところなんだ。手間が省けた」


「どういう意味ですか?」


 ヴィオラがレストの代わりに訊ねる。

 問いを受けたアンドリューが目配せをすると、セレスティーヌが頷いて、説明を始めた。


「実は……魔境であるサブノック平原の開拓について、ここにいる人間達が主導して進めることになったのです」


「ここにいる人間って……全員、学生ですよね?」


 今度はプリムラがパチクリと瞬きをした。

 レスト、リュベース、アイシス……この三人は功績によって叙爵されており、サブノック平原に領地を与えられている。

 だからといって、学生が中心になって開拓とはどういう意味だろうか?


「元々、魔獣サブノックが討伐されたことで平原を開拓することが決まっていました。もちろん、王家が主導して。しかし……アイガー侯爵が内乱を起こしたことで、王宮はそれどころではなくなってしまったのです」


 アイウッド王国はアイガー侯爵という国を蝕んでいた老害が滅したことにより、大きな転換点を迎えていた。

 王太后派閥という内憂が消えて、彼らが治めていた領地の大部分が王家のものになっている。

 領主が変わったことによる混乱もあるため、騎士も文官も右へ左へ大忙し。内乱の後始末のために駆けまわっていた。


 また、隣国であるガイゼル帝国との情勢にも不安があった。

 国交の懸け橋になっていた側妃が離縁させられ、その子であるローデルが死に……確実に帝国との関係は悪化している。

 帝国が反乱軍に支援していたこともわかっているため、東側への警戒のための人員も欠かせない。


「それに……最近、北方の蛮族が怪しい動きをしているようなんです」


 セレスティーヌが美貌を憂いに染めて、そっと息を吐く。


「あからさまに敵対行動をとっているわけではありませんが……国境の要塞周辺で蛮族の斥候が目撃されています。そちらも警戒を緩めることができないため、とにかく人手不足なのです」


「だから、魔境の開拓に割ける人員がないという話だよ」


 アンドリューが話を引き継ぎ、大仰に肩をすくめて見せる。


「このまま開拓を先送りにしてサブノック平原を放置していれば、新しい魔境の主が生まれてしまう。それだけは避けなくてはいけないんだ」


「だから……自分達、学生が主導になって開拓を行うということですか?」


「その通り」


 レストの問いを受けて、アンドリューがパチリと指を鳴らす。


「そこで……第二王子である俺が開拓を主導して行おうという案が出たんだ。同じく魔境に領地を与えられるレスト君、リュベース君、アイシスを率いてね。もちろん、学生だけでやれなんて話じゃない。王家からも資金や人員は出るし、ローズマリー侯爵家やカトレイア侯爵家、クロッカス公爵家を始めとした有力貴族も協力してくれるだろう」


「その開拓の中心人物がアンドリュー殿下、そして自分達ということですね?」


「そうだよ。今後のことを考えて、若い人材を育てようって話だね……父上からは『必要であれば手を貸すから、やれるところまでやってみろ』との御言葉を授かっている」


 内乱の後始末、外患への対応で足りなくなった人手を学生でカバーしようという話である。

 あるいは、これからの時代はレストやリュベースのような若者の力を積極的に活用していくという、国王なりの意思表示なのかもしれない。


「君がクラスで人をスカウトしていたのは知っている。それを他の学部、学年まで広げていくんだ。まだ、決定事項ではないが……開拓に参加した生徒に特別な単位を与えて、進級や卒業にも不利がないようにと考えている」


「なるほど……」


 思った以上に大きな話である。

 もはやレストや周りの人間だけではない、学園が……あるいは、『国』が動こうとしていた。


「どうだい? 君にも是非とも力を貸して欲しいんだが……」


 アンドリューがレストを見つめてくる。

 ローズマリー姉妹やリュベース、アイシス……他の生徒会役員の視線もレストに集まっていた。


(これはもう、拒否権はないな……)


 元より、自分の領地を開拓するつもりだった。

 王族が絡むとなれば、今後の人集めもスムーズにいくはず。

 最初から拒否をするつもりはないが……レストは頷いて、アンドリューの提案を受け入れることを決めた。


「もちろん、喜んで」


 了承はしたが……改めて、自分が『国家』という大きな機械の部品になった気分である。


(おまけに……かなり重要な部品みたいだな。光栄なような、プレッシャーなような……)


「ありがとう。頼りにさせてもらうよ」


「…………」


 レストは気づかれないようにそっと溜息を吐いて、差し出されたアンドリューの手を握り返したのであった。

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