第183話 結界ができあがります

「それじゃあ、始めるよ。小僧共、ちゃんと見てるんだよ!」


 ルーカスが術具を設置し終わってのを見て、メイティスが結界を構築するための儀式を始める。

 直径十メートルほどの円を描くように置かれた術具の中心。メイティスが立って、杖で地面を何度か叩いた。

 円の周囲には少しだけ距離を取って、レスト達が儀式の様子を見学している。

 魔法使いであるレストやアイシスはもちろん、ユーリやリュベース、アンドリューも興味深そうにしていた。


「本来であれば……結界の構築のためには術者本人の魔力か、術具や触媒に蓄積させておいた魔力を消費する。魔力が切れれば、結界は解けてしまう」


 杖で地面を叩く。

 魔境の中心。大地を流れる魔力が噴出するポイント……竜穴の真上。

 注意深く観察してみれば……地面から淡い光の粒が浮き上がってくるのを見ることができた。


「だが……今回は竜穴から出る魔力を代わりに消費する。何らかの理由によって竜穴の魔力が枯渇するか、魔方陣そのものが破壊されない限り、結界の効果は永続する……ああ、経年劣化で結界が摩耗するということもあったかの……まあ、何百年も先のことだから、それまで国が持てばという話だね」


「!」


 メイティスの周囲に光の線が走る。

 虚空に浮かんだ線は円を基調として、幾何学的な文様を描きながら空中を流れていく。


「さて……これから張る結界だが、四つの結界を重ねて発動させる。一つや二つの結界ならば構築できる術者は少なくはあるまい。しかし……四つの結界を重ねることができるのはこのババアくらいのものだろうねえ」


 さりげなく、自慢が入ったようだが……それはともかく、空中に魔方陣が完成した。

 光の魔方陣が地面に転写され、光の図形が大地の上に焼き付いた。


「まずは一つ目。魔物避けの結界だよ」


「これは……」


 レストが頭上に顔を向けた。

 大気中の魔力が目に見えて減ったのがわかったのだ。

 代わりとばかりに、地面の上では魔方陣が輝きを発している。


「続いて、二つ目。豊穣の結界」


 最初の魔方陣の周囲に重ねて、図形が広がっていく。

 魔物避けの結界を消さないように、あくまでも外に広がっていくように図形が大きくなる。

 豊穣の結界は文字通り……作物に実りを与える力だ。

 これまで、無作為に雑草を伸ばして魔物に与えていた力を大地に還元させて作物の実りに変換させる。


「そして、三つ目。病魔避けの結界」


 さらに魔方陣が外側に広がっていった。

 今度は疫病の発生や蔓延を防止するための結界である。

 魔方陣が外に大きくなるにつれて、レストは大気中の魔力がどんどん薄くなっているのを感じた。

 今や、普通の人里よりもやや濃いという程度である。


「最後は……四つ目。犯罪防止の結界」


「犯罪防止……?」


 アイシスが不思議そうにつぶやいた。

 声こそ出さなかったが、疑問を抱いているのはレストも同じである。

『魔物避け』、『豊穣』、『病魔避け』の結界は書物にも記載があり、レストの知識にもあった。

 王都はもちろん、大きめの町であればこれらの結界を張っている場所もあった。


(だが……『犯罪防止』の結界なんて聞いたことがないぞ? 効果は……文字通り、犯罪を無くすということか?)


「…………」


 レストがアンドリューの方に目を向けると、若き王子が苦笑しながら肩をすくめた。

 何か知っている様子だが……現在はそれを聞ける状況ではない。


「オオッ……!」


「これは……!」


 やがて大きくなった魔方陣が完成する。

 光り輝く図形は美しい数式のようであり、それでてい繊細な絵画のようでもあった。

 四重の魔方陣が竜穴から溢れ出る魔力を吸い上げ、人々の暮らしの役に立つ結界を構築させた。

 大気中の魔力が薄くなる。魔境の外と変わらない濃度に落ち着いた。

 不可視のドームが地面の魔方陣を中心に広がっていき、魔境の中心部を覆い尽くしたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る