第182話 結界師とゆく

 いつもより人数を増やした行軍であったが……特にアクシデントが起こることもなく、平原の深部へと向かっていく。

 途中で何度か魔物に遭遇したが、問題なく対処することができた。

 遠くにいる敵はアイシスが魔法で狙撃。近くにいる敵はユーリが脚で、リュベースが剣で対処する。


「ここは私に任せろ! パワー・スラッシュ!」


 問題があるとすれば……普段は前に出ることのない騎士のアーギルがやたらと目立とうとしており、出す意味もない必殺技を撃ったりしていること。


「手強い敵だったが……私の剣の前に敵ではない!」


 などと決めポーズを取りながら、チラチラと後ろのアンドリューのことを窺っていた。

 どうやら、王族を前にしてアピールしようとしているらしい。

 おかげで普段の隊列が崩れて、かえってバッドアピールになっている気がするのだが……本人だけが空回りしていた。


(まあ、いくら邪魔されたってこんな場所でやられることはないけどな……)


 厄介な腐食獣もほとんど狩り尽くしてしまっている。

 あのやたらと美味な肉を食えなくなると寂しいことだが、平原中心部に危険はない。

 アンドリューが連れてきた護衛の手を煩わせることもなく、目的のポイントに到着することができた。


「ここが平原の中心部……とても、魔境とは思えないな」


 馬車の座席から立ち上がって、アンドリューが驚きの声を漏らした。

 かつては人間の身長を超えるほどの雑草が生えそろい、四方八方の行く手を遮っていたのだが……すでに大部分に石畳が敷かれており、人工の空間となっている。

 もしも壁や屋根があったら、ホールかスタジアムのように見えたことだろう。


「魔法で舗装しましたから。建物を建てる時には邪魔になってしまうかもしれませんが……」


「せっかく、これだけの広々とした土地が石で舗装されているんだ。これを生かしたような町を築きたいものだな」


 アンドリューが顎を撫でながら考え込む。

 その顔つきは為政者のものであり、アンドリューが王族として十分な教育を受けていることがよくわかる。


「クローバー伯爵、せっかく君が切り拓いて舗装してくれた土地を無駄にはしない」


「お気遣い、ありがとうございます」


「さて……メイティス導師。お願いしてもよろしいだろうか?


「はいはい、老いぼれが働かせていただきますよ……っと」


 メイティスが馬車から降りて、杖をついて辺りを見回した。


「魔力の発生源は……アッチだね。ほら、そこの! さっさとババアを負ぶってきな!」


「ウグッ……」


 メイティスが荷物を運んできて、汗だくで座り込んでいるルーカスを杖で殴った。


「わ、私は荷運びで疲れているのです……少し、休ませてください……」


「カブみたいな身体で何を言っているんだい! ちょっとは痩せな!」


「ウググググ……ひ、人遣いの荒い……」


 再び、杖で叩かれてルーカスが顔を歪める。

 それでも、立場の違いがあるのだろう……仕方がなしにメイティスを背負って足の代わりになる。


「アッチだ、ほれ。さっさと行け」


「ウウッ……」


「行き過ぎだ、バカタレが。ほれ、もっと右! 行き過ぎじゃ、アンポンタン!」


「ッ……」


 ルーカスがヨロヨロとメイティスを運んでいって……やがて、とあるポイントに到着する。


「ここじゃな。間違いない……この場所に竜穴の中心があるようだな」


 そこはすでに舗装を終えており、石畳によって覆われている場所だった。

 メイティスがルーカスの背中から降りて、杖で地面を叩く。


「オオッ……!?」


 途端、レストが作った石畳が粉々に吹っ飛んだ。

 魔法を使ったのは間違いないが……何をどうしたのか、さっぱりわからなかった。


「術式が見えない……もしかして、これも結界術の一種なのか……?」


 レストが持っている最大の才能は無限大の魔力であるが、一度、見た魔法を使えるようになるという力も地味に持っている。

 その力は相手の魔法に込められた術式を読み取ることによってもたらされるものなのだが……メイティスが使う魔法は少しも術式が見えなかった。


「勘の良いガキは嫌いじゃないよ。ババアはいつだって結界を使っているんだよ」


 そんなに大きな声を出したわけでもないのに、メイティスには聞こえていたらしい。


「アンタだって、常に気配を感知する魔法を使っているだろう? 似たようなものだよ」


「…………」


 それも見抜かれていたようである。

 改めて、相当にハイレベルの魔術師だった。


(戦闘能力だったら負けていないと思うんだが……魔法の精度は格違いだな。これまで出会ったどの魔法使いよりも優れている……)


 対抗できるとすれば、学園長であるヴェルロイド・ハーンくらいのものだろう。

 賢者とも賢人とも呼ばれている魔術師と同レベルなのだから、間違いなく国内屈指である。


「ほら、アンタもさっさと来なよ。せっかくだから、勉強していきな」


「はい、学ばせていただきます」


「お前はさっさと術具の準備をおし! ババアを待たせるんじゃないよ!」


「アヒイッ……」


「ほら、走りな! ダッシュだよ、ダッシュ!」


 ルーカスが尻を杖で叩かれて、ヨロヨロと置いてある荷物のところまで走っていくのだった。

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